透光の樹 (文春文庫)
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商品の詳細
- Amazon.co.jp ランキング: #130416 / 本
- 発売日: 2002-05
- 版型: 文庫
- 251 ページ
エディターレビュー
出版社/著者からの内容紹介
汲めども尽きぬ恋心。透明な恋が中年男女に訪れるとき……
25年ぶりに再会した中年の男女の激しく一途に燃える愛。すべての現実感が消えるほどの〈結晶のような〉物語。谷崎潤一郎受賞作
内容(「BOOK」データベースより)
「心に決めてたんです…わたし、郷さんの娼婦になるって」25年ぶりに再会した中年男女の激しく一途に燃える愛。汲めども尽きぬ恋心と、逢瀬を重ねるたびに増してゆく肉の悲しみを、著者渾身の熱い文体で描き、第35回谷崎潤一郎賞を受賞。すべての現実感が消えるほどの「結晶のような」透明な恋の物語。
内容(「MARC」データベースより)
白山への登り口にあり、白山信仰の拠点として栄えた石川県鶴来町。この町に古くからのこる刀工の家の最後の生き残りである山崎千桐。彼女の前に25年ぶりで現れた今井郷。人生を貫く極北の恋を描く衝撃の問題作。
カスタマーレビュー
相手に自分を“欠けたものの存在感”として認識させるってこと
人は性愛に何を求めるか?最初は単純に性的な欲望、次いで若かりし頃の純真や情熱を取り戻したいという欲望、そして自分の存在を相手に埋め込みたいという欲望... この性愛に対する欲望の深化は、人の持つ性(さが)そのものである。そして、この小説は、そうした人の性(さが)を克明に描いている。
もうひとつ、この小説が丹念に描いているのは、男女関係の妙である。こんなことを言えば(すれば)相手はこう思うだろうな、と思いつつ、違うこと、正反対のことを言って(やって)しまう。ところが、そうして言った(やった)ことを、相手はまた別の形に誤解して受け止めてしまう... そんな男女関係の機微を、メタレベルの小説視点で描写していて秀逸。
こうした男女の関係論をクリアに描き切るために、著者は前半では「金銭契約」、後半では「死」という道具立てを用いるのだが、これがまたうまく機能している。で、著者が男女関係の真髄、恋愛の究極として掲げるのが“欠落感”ってワード。「その人がいない状態、いなくなった状態の、どうしようもない欠落感。僕の考える恋愛には、それが在る。恋愛でないものには、それが無い」。やっぱ、自分が気持ち良くなりたいってのより、相手を気持ちよくさせたい、相手の記憶に己を刻み込みたいって欲望に性愛が至るのって、結局はそういうことなんだな、と納得できる。つまりは、相手に自分を“欠けたものの存在感”として認識させるってこと。この小説はさらに、その刻み方、埋め込み方も、正常位のように相対するのではなく包み込むように重なった形と、具体的な体位によってその一体感のイメージを提示している。
究極の恋愛小説ではあるけど、あまり恋愛を身近に感じられない者にとっては、いまひとつのめりこめないというか、主人公2人に置いてかれっぱなし、って感もある。恋愛を求めている人、恋愛の渦中にある人には文句無くお勧め!
恋心をカモフラージュした下心から、大人の恋は始まり切なく甘く終る。
赤坂の喧騒の中にいる業界人 郷が、25年ぶりに訪れた北陸で出会った、千桐(ちぎり)。”恋心、と呼ぶより下心にしてしまった方が気が楽だ”とうそぶいてみる。でも、”自分がまだこういう妙な感覚に揺さぶられることが可能なのだと、驚く。下半身の単純な欲望ではなく、体のもっと上の方、胸のあたりから、切なくうずきながら下半身に訴えかけてくる感覚”を覚えながら恋に落ちていく。そして相手を包み込むような体制での交わりに、安らぎと興奮を覚えていく。そうして、一人は朽ち、一人は心に恋を秘めたまま、ゆっくりと歳を経て行き、そのドラマは胸に秘められる・・・・。そんな情景が、丁寧に丁寧にキャンパスに色を重ねるように塗りこめられて行き、読み進むと豊穣な吟醸酒を口に含んだ時のように、口に芳香が広がる。こういう丁寧な叙事詩は、女性の作家の方が味わいがある。 私は、ナットキングコールの”キサス・キサス・キサス”の懐かしい声を聞きながら、東京と北国の恋に想いを馳せ、文章を味わった。
永久の詩
私は本書を読んだとき、この感動を以前どこかで体験した気がした。しかし、最初それをどこで体験したのか思い出せなかった。郷の言葉、「こんなに凄いものは、続きっこないんだ」と読んだ時、鳥肌が立つとともにその感動を思い出し戦慄を新たにした。
それは谷崎の「春琴抄」だった。愛する人を永遠に心に留めようと、自らの目を針で突く佐助の、自らの魂の全てを春琴に捧げる、死後も愛する人に尽くしたいという一途さだった。そしてそれは千桐と郷の愛の形に投影されている。
私は、人は自らの脳のほんの一部のみに支配されて生きていると感じる事がよくある。自分でありながら自分の知らない脳のインパルス、それを知る事ができるとすれば、それはすなわち千桐と郷の愛の形であろう。
著者渾身の熱い文体、谷崎文学ならぬ平成の高樹文学。その中でも最高峰ではないだろうか。





