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シベリウス&シェーンベルク:ヴァイオリン協奏曲

シベリウス&シェーンベルク:ヴァイオリン協奏曲
ハーン(ヒラリー)

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曲目リスト

  1. ヴァイオリン協奏曲 作品36 第1楽章:Poco allegro
  2. ヴァイオリン協奏曲 作品36 第2楽章:Andante grazioso
  3. ヴァイオリン協奏曲 作品36 第3楽章:Finale:Allegro
  4. ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47 第1楽章:Allegro moderato
  5. ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47 第2楽章:Adagio di molto
  6. ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47 第3楽章:Allegro

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  • Amazon.co.jp ランキング: #40161 / ミュージック
  • 発売日: 2008-03-05
  • ディスク枚数: 1
  • 実行時間: 63 分

カスタマーレビュー

期待通り表現力の大きな演奏!5
ハーンのシェーンベルクはきっといいに違いない!とあるお店で目について買ってしまいました。(アマゾンさん、ごめんなさい。)それは、ストラビンスキーやエルガーの協奏曲が非常に説得力のある演奏だったからです。
そしてこのCD、やはり期待通りの演奏でした。技巧もさることながら、ハーンの表現力の幅の広さには、本当に驚いてしまいます。聞き飽きているはずのシベリウスも一気に聞き通してしまいました。どちらの曲も一歩間違うときつい高い弦の音が耳につくものですが、(録音の素晴らしさもあり、)きつく聞こえる寸前で艶やかさを失わないヴィオリンの音色に存分浸れました。後方で鳴り響くオーケストラの前にポッと浮かび上げるハーンのヴィオリンの素晴らしさは、シェーンベルクで、より光っていました。
彼女のレパートリーにあるのか分かりませんが、ベルクやブリテン、ニールセンそしてちょっと変わったところでハチャトウリャンなども聞いてみたいものです。

ハーンの弾く20世紀の協奏曲集、ただしシベリウスは好みが別れるかも4
日本盤では「シベリウス&シェーンベルク」と表記されているが、ジャケットの表記や実際の収録順ではシェーンベルクが先になっており、どうもメインになっているのはシェーンベルクのように思われる。初めて聴くので他の演奏と比べることは出来ないが、難曲と評判のこの曲を見事に弾ききっているとは言えるだろう。初めてにもかかわらず魅力を感じたということは、良い演奏ということだと思う。

シベリウスは、この曲に「情緒纏綿」たる演奏を求める人にはあまり向かないかもしれない。ここでのハーンのヴァイオリンはシェーンベルクの時と同様きわめてシャープで、そのヴァイオリンに集中して聴いていると時にアルヴォ・ペルトの作品のようにも聞こえ、「そういえばこれは20世紀の作品だったんだ」と思い起こさせてくれる。1903年に作られ1905年に現在の形になったこの協奏曲は、19世紀から20世紀に移り変わった時期というだけでなく、シベリウスにとっても交響曲第2番と第3番の狭間で民族主義的なロマンティシズムからより純音楽的な作品に転換する時期といった、二重の意味で過渡期の作品だ。バックのオケの演奏だけに集中して聴くと、とてもドラマティックで、この曲が19世紀末の民族主義的ロマンティシズムの色濃い作品だと印象づけられる。だが、シベリウス自身と交流のあったカヤヌスによる交響曲の録音を聴いたときにも思ったが、シベリウスには20世紀の「現代音楽」的側面もたしかにあるのだ。そうした側面を感じさせる演奏はあまり多くはないが、このハーンの演奏はそれを感じさせる。情緒が感じられないというわけではないが、ロマンティックな曲調と合ってないようにも思われるかもしれない。だが、それはひょっとしたら時代的にもシベリウス自身にとっても過渡期の作品にはかえってふさわしいのかもしれない。そんなことを考えさせられたという意味で興味深い演奏だが、好みが分かれるかもしれないということで星4つとする。

厳しい諸相に満ちたシェーンベルクとシベリウス5
続々と意欲的な録音を送り込んでくるヒラリー・ハーンの注目の録音。サロネンとの顔合わせでシェーンベルクとシベリウスというこれまた意趣性を感じさせる収録曲だ。名曲シベリウスではなく、シェーンベルクを頭に置いた収録順にもそれを感じる。

ところで、シェーンベルクのヴァイオリン協奏曲というのを私はいままで聴いたことがなかった。同じ新ウィーン楽派のものでも、もちろんベルクの名曲はよく聴くのだが、シェーンベルクとなると、いったい??・・・シェーンベルクは後期ロマン派から12音音楽、いわゆる「アナトール」と呼ばれる無調性音楽を開拓した人物である。そしてヴァイオリン協奏曲はもうすっかりその作風が完成したころの作品だ。さて、私たちがこのような曲を聴く場合、どのような聴き方をするのか?私の場合、若干申し訳ないのですが、やはりそこに「ロマン派」の残り香のようなものを求め、それを「道しるべ」にしようと思うわけです。もちろん、新しい価値軸によって作られた音楽だというのはわかるのだけれど、それでもその価値軸が自分の中で十分に形成されていないわけで、そうなるとロマン派の「きれい」だとか「カッコイイ」といった音楽の一般的な情緒を探してしまう。そして多分演奏家だって同じなのでは?と思うのだが、このハーンのヴァイオリンはどうも違うような気がする。不用意にロマン派に寄り添わず、峻険に学究的にスコアと対峙し、そこに深く直進することで、音楽にしている、と思う・・いやそんな気がする(だって私には想像でしかわからない)。きわめてクールで鋭利だけど、厳しい諸相がそのまま伝わってくる無類の迫力がある。これは相当凄い演奏なのかもしれない(私には推測しかできないのですが・・・)

さて、シベリウスの名曲をいくぶんほっとしながら聴くと、これまた物凄い演奏なので圧倒される。その芯のある太い音色が、曲の最深部を明らかにしていく。第1楽章の暗い情熱を湛えながら、しかし厳かな歩みは確かにはるかな高みから語られる音楽の尊い言葉のようだ。中間部の長大なカデンツァで、基音と交互に奏でられる旋律は、まるで聴き手に重い問いかけを投げかけてくるようである。やや遅めのテンポ設定ながら弛緩するような部分は一瞬もない。凄まじい緊迫感だ。第2,3楽章では曲想もあってやや表情は和らぐが、それでも荘厳な雰囲気は全般を通じて圧巻の一語。「このシベリウスは凄い・・・」最後にそう感想を述べるのが精一杯です。