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秒速5センチメートル 通常版 [DVD]

秒速5センチメートル 通常版 [DVD]
監督: 新海誠

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  • Amazon.co.jp ランキング: #3234 / DVD
  • 発売日: 2007-07-19
  • アスペクト比: 1.78:1
  • ディスク枚数: 1
  • 形式: Color, Dolby, Widescreen
  • オリジナル言語: 日本語
  • 字幕: 日本語
  • 実行時間: 63 分

エディターレビュー

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静謐で淡くささやきかけるような映像。大事な思い出をのぞき込むかのような、ささやかな世界。東京ローカルを舞台に、一組の少女と少年の初恋と、その顛末を3つの短編で描く。極めて少人数でアニメを制作する、新海誠監督の3作目となるフルデジタル作品だ。
過去にとらわれた少年は、少女と離れることで未来へ進むべき足を止めてしまう。記憶に根差す個人の時間(カイロス)と、絶対的に流れる世界の時間(クロノス)の差異の美しさと痛々しさが深い。主題歌の「One more time, One more chance」は山崎まさよしが1997年に発表した曲だが、名曲は時を超え、色あせないことを証明している。情熱的に何度も繰り返されるサビの果てにたどりつく結末を、ほろ苦いハッピーエンドと取るか、鬱なバッドエンドと取るか……。ちなみに、新海監督が制作したPV「One more time, One more chance『秒速5センチメートル』Special Edition」では、アニメ本編と対にあたる映像となっている。あわせて観るとさらに作品が深く楽しめるはず。(志田英邦)

内容(「キネマ旬報社」データベースより)
『雲のむこう、約束の場所』の新海誠が手掛けた連作アニメ。小学校の卒業と同時に離ればなれになった遠野貴樹と篠原明里。大雪の降るある日、ついに貴樹は明里に会いに行く決心をする。「桜花抄」「コスモナウト」「秒速5センチメートル」を収録。

内容(「Oricon」データベースより)
「ほしのこえ」「雲のむこう、約束の場所」の新海誠監督が、卒業と同時に離れ離れになった少年少女の淡い恋を描いた青春ラブストーリー!小学校の卒業と共に離れ離れになった少年・貴樹と少女・明里。互いに特別な思いを抱きながらも伝えられず、時間だけが過ぎて…。二人の再会を描いた「桜花抄」、少年・貴樹を別の人物の視点で描いた「コスモナウト」、2人の恋の行方を描いた「秒速5センチメートル」を収録。


カスタマーレビュー

決して誰にも晒すことの出来ない”心の聖域” 5
普段あまりTVもチェックせず、アニメにも疎いのですが、たまたまチャンネルを変えた先で、BSでこの作品が流れていました。

観ているうちに、何か、”こんな映画を待ってたんだ・・・”って感じで、いつの間にか部屋を真っ暗にして、丁寧で心の奥底の一番深く痛い部分にふっと入り込んでくるような隙の無い”映像美”と、主人公の少年と少女の、本当に相手を想うが故の”寡黙さ”と、数少ないながらもやっと言葉を交わすような”危さと緊張感”に、食い入るように見入ってしまいました。

全体のストーリー的には、他の方も書かれている通り、第三話の展開で賛否がわかれるようですが、それを差し引いてもこの作品には、他の膨大で”凡庸な”アニメとは一線を画す決定的な”何か”があります。

”日常”では、とても気恥ずかしくて決して誰にも晒すことの出来ない”心の聖域”は、私達が意識している以上に、自分自身の”日常”を支配してしまっていることだってあります。
そしてそれは、この作品で登場する、穢れを知らぬ”制服を着た中学生”だけに許容される”想い出”だけではないのだとも、私は感じます。

それは、ほんとに小さいようでいて、人によっては全人生をかけた、永遠の命題にすら成り得るのです。

ストーリー云々より、この作者が最もやりたかったことは、無駄の無い”心の聖域”を見せ付けることではなかったのかと思います。

個人的な意見ですが、最終的にこの作品は、一人一人が持っている”心の聖域”の濃淡と強度により、駄作にも成り得るし、稀有の名作にもなると思います。

まさに”人を選ぶ”作品ですね。

今の自分だからこそ素晴らしい作品5
「泣ける映画が必ずしも良い映画じゃない」とは『子ぎつねヘレン』を見て号泣してしまった爆笑問題太田の言葉だが、この作品を見終わった時、「ああ、これがそうか」とすぐに思い出した。全く涙は出なかった。ただ心が締めつけられるような痛み、速くなった鼓動、目の前にモヤがかかったような感覚だけが残った。そしてそれらが落ち着いた時、最初に感じたのは、新海誠への愛情にも似た憧れとある種の親近感だった。この作品に限らず新海が度々批判の対象になるのは、見る側の中にかなりの割合でこの親近感を感じられない人間が存在することが原因だと思う。逆に一部の人々が彼を絶賛するのもまた、親近感が全てだと言っていいだろう。おそらくこの作品には「まあまあ良かった」という評価はないはずだ。境界線のこちら側で見ることができるか、あちら側から傍観するかで全く違った感じ方になると思う。心の隅に、かすかに、しかしいつまでも残っている何かを無理矢理映像にしたような性質の作品であるため、少し説明不足にも思えるが、この説明できていない部分は、きっと作った新海にも分からないのではないだろうか。そしてその説明できない『何か』とはおそらく、ものすごく恥ずかしい、誰にも見られたくない類の感情だ。そう考えてやっと、作品を見た後に残った新海への親近感の正体は、断片的とはいえ自身の生々しい感情を日本中に公開した勇敢さへの尊敬と、自分の中にも説明できない『何か』があることに気づいた共有感覚なのだと気づいた。ストーリーはリアリティに欠ける部分もあるが、では現実ではどうなるべきなのか、見終わって感じた共有感覚を頼りに記憶の糸をたぐり寄せてみても、なぜか何も引っかかるものがなくて驚く。経験もないのにそんな気になっていたのか、すっかり忘れてしまっているだけなのかは分からないが、それを思い出すには自分は大人になりすぎてしまったのだと気づいて、また胸が締めつけられる。きっとこの作品を素晴らしいものとして受け取ることができるのは、新海と同世代か、精神年齢の近い人間だけなのだろう。若すぎればモヤモヤした『何か』はすぐ目の前にあるし、歳をとりすぎれば色々なものを忘れ去ってしまう。今の新海誠が、今の自分に絶妙のタイミングでこの作品を届けてくれた事をとても幸せに思います。

2話と3話の断絶にある真理5
この作品を見て、第3話を見て、自分の中から何が引きずり出されたか。それが評価の全てではないか。
多分、誰が見ても、引きずり出されてくるのは愉しいものではない。
ただ、それに対して、多分、この作品を見た瞬間に自我のかなりの部分を、意識なりと無意識なりと規定しているその記憶に対して、どう関わって、どう折り合いを付けながら生きてきたかによって、評価は真っ二つに割れる。
第2話と第3話の間にある落差、隔絶、そして努力とは別のところで突きつけられる喪失感。
高校生と20代後半にさしかかる貴樹の時間の中味は、そのまま鑑賞者の中味に置き換えるべきもので、そこに何を見いだしたか。そこにしか評価の基準が置けないと考える。
美術的、音楽的技巧は、作者の趣味性の問題であり、本作の本質ではない。リアリティはリアルには及ばないのだから。
この作品によって引きずり出される何か。鑑賞者の内面から引きずり出した何ものかを持って作品的評価にすり替えさせるのは、クリエイターとしては邪道かもしれない。だけど、そのために、本来秘めておくべき新海氏自身の何ものかを、断片的にでも言語映像化したことを評価して、4つのところを5つ星にしました。