商品の詳細
SAYURI メモワール・ボックス (初回限定生産) [DVD]

SAYURI メモワール・ボックス (初回限定生産) [DVD]
監督: ロブ・マーシャル

価格:

この商品は、このストアからは購入できません。
クリックしてAmazonでの購入オプションを見る


19 新品/中古商品価格 ¥ 1,616

おすすめ度:

商品の詳細

  • Amazon.co.jp ランキング: #29972 / DVD
  • 発売日: 2006-07-05
  • アスペクト比: 2.35:1
  • ディスク枚数: 3
  • 形式: Color, Dolby, Limited Edition, Widescreen
  • オリジナル言語: 英語, 日本語
  • 字幕: 日本語, 英語
  • 実行時間: 145 分

エディターレビュー

Amazon.co.jp
   舞台は京都の祇園ながら、アメリカ人のアーサー・ゴールデンが原作を書き、ロブ・マーシャル監督で映画化。その点だけでも、これは日本人にとって興味津々の作品だろう。幼い頃に置屋に売られた千代が、花街で一番の芸者「さゆり」に成長するまでを、豪華絢爛な映像で描いていく。さゆり役にチャン・ツィイー、彼女が想いを寄せる会長さんに渡辺謙など、アジアを代表するスターが共演。端々に日本語の単語を織り込みつつも、基本は英語の会話というのには違和感もあるが、その分、異色の面白さが味わえるのも事実だ。
   芸者たちの踊りや着物の着方など、明らかに常識と違う描写にも、マーシャル監督の美意識が貫かれている。日本家屋の暗さや、障子に映る影には、日本映画以上に“日本らしさ”が意識されている気もする。さゆりと先輩芸者の初桃、そのライバルの豆葉など、女たちが嫉妬と確執のドロドロなバトルを繰り広げるのだが、この点はハリウッド製のためか、映像ほど、こってりはしていない。そんななか、桃井かおりの存在感だけは終始、圧倒的だ。(斉藤博昭)

内容(「キネマ旬報社」データベースより)
アーサー・ゴールデンのベストセラー小説を『シカゴ』のロブ・マーシャル監督が映画化。幼い頃に花街に売られた少女・千代cF、ある出会いを機に花街一の芸者となり、苛酷な運命と激動の時代に身を投じていく。特典映像を収めた3枚組。

内容(「Oricon」データベースより)
鬼才ロブ・マーシャル監督が、華やかなさと神秘性を兼ね備えた“美の世界”にカメラを向け、一人の芸者の数奇な運命を描いた傑作。貧しさゆえに、置屋に身を売られた少女が希望さえ持てない厳しい日々の中で、一人の紳士と運命的な出会いをする。そして、希望の光を見出させてくれた紳士にもう一度会うために、町一番の芸者として花開いていく…。チャン・ツィイー、渡辺謙ほか出演。


カスタマーレビュー

映像は美しいが…1
映像が美しいし、日本人が省みなくなった日本文化に焦点をあててくれたのもよい。しかし、あくまでも「西洋人男性から見た芸者像」でした。

まず、日本人女性の描写があまりにもひどい。芸者という職業に生きる女性の悲哀が全く描ききれていない。(監督がそれを理解していないのだから、演じる女優が表現できるわけがない。)また、第二次世界大戦後、米兵に占領された日本の様子が入っていましたが、まるで日本人女性がすべて米兵に媚を売っているような描写でした。

私は西洋人の多い国に住んでいますが、周りのコメントから察するに映画を見た西洋人の多くが「芸者=売春婦」であり、しかも「日本女性は芸者になりたがっている」という恐ろしく歪んだメッセージを、この映画から受け取ったようです。

巨額の資金と労力を注ぎ込んだであろうこの映画が賞を受けなかったのがせめてもの幸いです。将来、日本人監督、日本人俳優による芸者を扱った国際的な傑作(例えば、武士の苦悩とかっこよさを伝えてくれた「たそがれ清兵衛」のような)が登場して、外国人の誤解を払拭してくれることを祈るばかりです。

価値観の違い5
この作品については賛否両論のようですね。
でも映像の綺麗さや、フィクションとしての話の面白さ、
芸者の世界の裏表・華やかさなどなど素晴らしい部分はたくさんあると思います。
また、主役が外国人というのも問題になっているようですが、
チャン・ツィイーの美しさ、演技や英語力も素晴らしいもので、
同じ程度のことが出来る同世代の日本人女優はいないようにも思えますよ。

性的な陰影が描かれていない4
ハリウッド映画を、「描かれる側」から見ると、どうしても鼻につく部分があるので、評価は悪くも良くもいえよう。が、個人的には平均点の作品であった。ハリウッドらしく、千代=さゆりの成長物語として読めるが、そうした自己実現の側面が強く出て、日本やアジア社会の持つ性的な部分での深みや陰影は、ほとんど描かれていな気がする。妙に清々しく健康的なのだ。そういう意味では、アメリカらしい映画だ。そもそも夫婦や男女関係に、カソリック的なオンリーワンの思想・道徳がある社会だけに、本当は、渡辺謙の会長役のように妻もいるのに、愛しているなんていうことは、本来ならば米国では絶対許容されまい。これは、どの程度米国では見られているのだろうか?。

それと、中国でチャン・ツィィーが日本人の渡辺謙の性的おもちゃにされるのが許せない国辱だ!という意見が盛り上がったそうだが、中国もへんなことをいう。そもそも日本を世界に紹介する映画の主役に、日本人がなれないこと自体、日本人の役者の国際的レベルの低さと、中国人俳優のレベルの高さを表わしていて、本来な国辱なのは、日本のほうなのだ。