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パッション [DVD]

パッション [DVD]
監督: メル・ギブソン

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  • Amazon.co.jp ランキング: #7240 / DVD
  • 発売日: 2004-12-23
  • アスペクト比: 2.35:1
  • ディスク枚数: 1
  • 形式: Color, Dolby, DTS Stereo, Widescreen
  • オリジナル言語: ヘブライ語, ラテン語
  • 字幕: 日本語, 英語
  • 実行時間: 127 分

エディターレビュー

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   メル・ギブソンが構想12年、私財を製作費に充て、イエス・キリストの最後の12時間を、できる限り史実に従って描いたという渾身の一作。神を冒涜しているという罪で捕らえられたイエスが、ローマ帝国の総督ピラトのもとに連行される。ピラトは民衆の声に押され、イエスを十字架に掛けると判決を下す。イエスは拷問を受けた末に、十字架を背負ってゴルゴダの丘へと歩いていく。
   衣装やセットで紀元1世紀のパレスチナを再現するのはもちろん、アメリカ映画としては珍しく、全編が当時の言語(アラム語とユダヤ語)で展開される。さまざまな器具を使った拷問シーンや、手足に釘を刺す十字架への張り付けは、目を覆いたくなるほどの生々しさだが、より恐ろしいのは、噂や表面的な事実によって、ひとりの人間を標的にする群集心理。これは、現代のわれわれの姿と二重写しになっていく。イエス役のジム・カヴィーゼルは、悲しみとゆるしの両方をたたえた表情が絶品。監督ギブソンのパワフルな演出力が画面の隅々まで発揮され、ゴルゴダを俯瞰するカットなど映像もすばらしい。バチカンやユダヤ人社会などに波紋を与えた本作だが、むしろキリスト教に疎い日本人の眼から観た方が、映画としての感動と衝撃をストレートに味わえるかもしれない。(斉藤博昭)

内容(「キネマ旬報社」データベースより)
メル・ギブソンが監督・帥T作・脚本を務め、イエス・キリストの最後を描いた問題作。紀元一世紀のエルサレム。最後の晩餐の後、イエスはユダの裏切りにより捕らえられた。そして、彼の影響力を恐れる大祭司や民衆らによってイエスは処刑を余儀なくされる。

内容(「Oricon」データベースより)
メル・ギブソンが監督、製作、脚本を務め、イエス・キリストの最期を描いた問題作。紀元1世紀のエルサレムを舞台に、ユダに裏切られたキリストが捕らえられ、処刑される様を聖書に忠実に映画化した作品。PG-12指定。


カスタマーレビュー

カルバリの丘に寄せて5
私の家族は全員クリスチャンなので、いつもは映画など全く興味のない老いた両親もともに映画館に足を運びました。田舎の映画館ゆえ客数も数える程で、話題作だからというよりも信者だから観に来ましたという感じの方ばかりでした。ですから観おわった後は皆一様に言葉もなく、涙を流しておりました。信者の私たちが一番感銘を受けたのは、やはり十字架刑の凄惨さをリアルに映像化して見せてもらえたことです。イエスの鞭打ちにしても、ローマの鞭が鉤つきで皮膚を引き裂く程のむごたらしいものだとは知っていましたが、体の前面も背面も鞭打たれたなんて知りませんでした。しかし、あの鞭打ちにしても、十字架刑にしても、監督は決して誇張してはいません。ローマの十字架刑とは、当時のあらゆる刑罰の中で最もむごたらしく、怖気を振るうものだったので、異邦人専用の死刑法であり、同胞のローマ人には科せられなかった刑だと聞いています。聖画に見られるようなイメージではなく、実際に十字架刑とはあのような目を覆いたくなるような残酷極まりないものだったのでしょう。演じたカヴィーゼルもクリスチャンで、祈りながらの出演だったと聞きます。イエスの生涯の目的が、十字架による人類の罪の贖いだったことを考えると、その一点に絞ってまるでドキュメンタリーのように美化も誇張もせずに映像化してくれた監督に感謝です。信者でない方の中にも感動された方やキリスト教に関心を持たれた方もおられたと聞いて、信者としては嬉しいかぎりです。

無償の命5
この作品は話題作だったと言うだけの軽い気持ちで見ました。
だけど、始まりから15分以降ずっと涙が止まらなかった。でもその涙の理由は今も分かりません。悲しいのか悔しいのか感動なのか・・・。見終わって軽い気持ちで見たことは後悔しました。その反面、この作品と出会えた事を感謝します。
宗教観に捕らわれず多くの人に観てもらいたいです。

自己犠牲と限りない慈悲の精神を地上にもたらすために、彼は死んでみせた5
「信者ならばこの映画を理解できるだろうが、信者ではない自分には理解できなかった、物語の背景が描ききれていないから、云々」という意見があるのも、わからなくもない。この映画を "物語" として鑑賞したいと思う人達なら、物語の背景を知って理解を深めたいと思うのは当然だろう。でも、もしかしたら監督は "物語" を語る事には興味がなかったのかもよ、と自分は思う。キリスト教という特定の宗教を盛り上げるためにこの映画を作ったわけでももちろんないと思う。イエス・キリストという、あまりにも正しくてあまりにも慈悲深かった男が、過去に確かに存在して、そして惨く殺された。その事実を改めてみんなに見てほしかった、ってただそれだけだったんじゃないかと思う。
だから予備知識なんてなくていいと思う。誰が観たって一緒。「自分は神の子だ」と名乗り、人々に愛と慰めを与え続けた男が、捕らえられ、殺される物語。彼は殺される事を拒まなかった。その姿を見ればいいんです。その姿を見て、自分が何かを感じられたか。もしくは何も感じられなかったか。自分で自分を見つめてください。