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渚にて [DVD]

渚にて [DVD]
監督: スタンリー・クレイマー

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  • Amazon.co.jp ランキング: #70617 / DVD
  • 発売日: 2000-12-01
  • アスペクト比: 1.78:1
  • ディスク枚数: 1
  • 形式: Black & White, Color, Dolby, Letterboxed
  • オリジナル言語: 英語
  • 字幕: 日本語, 英語
  • 実行時間: 104 分

エディターレビュー

内容紹介
渚に静かに忍び寄る「人類最後の日」。
スタンリー・クレイマーの描く地球の終末とは――。

<キャスト&スタッフ>
タワーズ艦長…グレゴリー・ペック
モイラ…エバ・ガードナー
ジュリアン…フレッド・アステア

監督・製作:スタンリー・クレイマー
脚本:ジョン・パクストン
原作:ネビル・シュート

<ストーリー>
1964年、第3次世界大戦-核戦争-が勃発。世界全土に放射能汚染が広がり南半球のオーストラリア周辺の一部を除いて、人類は絶滅してしまった。本国に帰還できなくなった米国の原子力潜水艦はメルボルンに入港するが、その地にも死の灰は迫っていた……。

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   第3次世界大戦が勃発し、核兵器使用のために北半球はすでに全滅、戦闘をのがれた南半球の一部の地域にも死の灰は近づきつつある。そんななか、生き残った米国原子力潜水艦の艦長(グレゴリー・ペック)は、オーストラリアのメルボルンに寄港後、アメリカ本国から届いた謎の無線を調査すべく出発したが、祖国にはもはや人影すらなかった。そして、死の灰はいまやメルボルンにも及ぼうとしていた…。
   社会派エンタテインメントの鬼才スタンリー・クレイマー監督が、当時の米ソ冷戦を反映させながら製作した「世界の終末」映画の代表作。一貫した静かな語り口は、逆にじわじわと絶望感をあおらせる効果を醸し出し、ラストのメッセージは一転して観る者に強烈なインパクトを与える。今ならまだ間に合うということを痛感させる名作である。(的田也寸志)

内容(「DVD NAVIGATOR」データベースより)
核爆弾を使用した第3次世界大戦によって壊滅した地球。わずかに被害をまぬがれたオーストラリアのメルボルン港に、アメリカ軍の原子力潜水艦が入港してくるが…。


カスタマーレビュー

渚にて4
1964年に第三次世界大戦が勃発、全地球に放射能が拡散したという想定。オーストラリアの一部のみがわずかに汚染の度合いが低い状況の中で、アメリカ原潜と乗組員 オーストラリアの町の住人 死を迎える人間の世代毎の苦悩。被害の科学的状況より、人間の生きる営みにウエイトガ置かれたシナリオがこの作品の強さでありまた、弱さでもあろうか。映画館での上映から40年?今世界の危機的状況のなかで、人間の愚かさを口にするのはやすいが、「兄弟よ まだ時間はある」という作品の中の町の横断幕の文字が、汚染された故郷に向けて潜水していく原潜とともに、明日の我が地球を示さないように声を挙げよう。

静かな名作5
一瞬の核戦争の後、まもなく濃密な放射能が南半球に下ってくると
いう状況のオーストラリアでの物語。思春期に見た時、アメリカ
潜水艦のタワーズ艦長(グレゴリー・ペック)とモイラ(エヴァ.
ガードナー)の関係が非常にロマンティックに思えた。かなり後に
見直したら二人の関係が今ひとつはっきりしない。
原作小説では肉体関係があったのかどうかもわからないが、映画
ではもう少しはっきりしようとしている。こんなことを書きたくなる
のも二人のラストの別れが美しいからだと思う。核戦争反対のスロー
ガンよりもこの映画の味は題名のとおり、静かに潮が満ちてくるよう
な独特のせつなさだろう。ペック、ガードナー共に故人だが、この
映画でははまり役だった。

淡々とした筆致の原作の緊迫感には残念ながら及ばず。3
原作はSFファンなら必ず読んでいるシュートの名作。それを映画化した本作品は出来として必ずしも悪いものではないが、幾つかの点で問題がある。まず、科学者オズボーン役のF・アステアは明らかなミスキャスト。ついで、色気むんむんのエヴァ・ガードナーも原作のモイラのイメージとの間に相当の違和感がある。また、死滅したアメリカへ原潜があえて帰国するために出航していく姿を、放射線障害に耐えながらモイラが海岸から見送る最後の劇的な場面にしても、もっと絵画的な情感を感じさせる画面に出来たのではないか(原作では晩秋のオーストラリアの厚い雲間からさす一条の陽光とその下に広がる暗鬱な太平洋の印象的な描写がある)と思う。一方、ドワイト艦長のG・ペックはまあまあ、豪州海軍軍人役のA・パーキンスはハマリ役、その他の脇役陣(老提督と秘書、クラブの給仕、原潜乗組員の面々)はなかなか良い味をだしている。核の危機感が高まりをみせた当時における類似題材の「フェイル・セイフ」「博士の異常な愛情」に比べると、政治・軍事的側面の描写は殆どなく、代わりに一般市民の生活を中心に据えて描かれるメルボルン最後の日々は、今日的に見ても我々の心にしみいる普遍性を有している。