バッハ:マタイ受難曲
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曲目リスト
ディスク 1:
- マタイ受難曲 BWV244
ディスク 2:
- マタイ受難曲 BWV244
ディスク 3:
- マタイ受難曲 BWV244
商品の詳細
- Amazon.co.jp ランキング: #95157 / ミュージック
- 発売日: 1999-06-23
- ディスク枚数: 3
- 形式: Limited Edition
- 実行時間: 197 分
エディターレビュー
内容(「CDジャーナル」データベースより)
58年の録音だから、オリジナル楽器での演奏が当たり前になるずっと以前のこと。今の耳から聴くと、この演奏でさえロマンティックに流れ過ぎているように聴こえるだろう。しかしそんなことをはるかに上回る名演。オケも歌手も合唱もすべてが美しい。★
カスタマーレビュー
今日のあらゆるマタイ受難曲の中心に燦然と輝く金字塔としての演奏
リヒターはマタイ受難曲を2回録音していますが、この旧盤は、今日のあらゆるマタイ受難曲の中心に燦然と輝く金字塔としての演奏であるといってよいでしょう。新旧の演奏の違いを指摘するとなると、個々の部分に触れなければならなくなり、収拾が付かなくなってしまいますが、一言で表現するとしたら、リヒターの意図は、完成度を高めた演奏として遺しておきたかったのではないかというような気がします。それは冒頭の「来たれ…」の合唱にもよく表れています。新録版ではスケールが大きくなっており、録音もよくなり、見事な演奏を聴かせてくれます。しかしその完成度が、曲全体を通して聴いたときの“感動度合い”と一致するかというと、微妙な差、違和感を感じます。もし仮に新録しかないとしたら、迷わずに新録をベストとして推すことができます。しかし旧盤の、まさにリヒターならではのバッハ、マタイの原点に触れてしまうと、どうしても新旧の両盤を手に入れたくなってしまいます。そうして、個々の細部の演奏の違い、歌手の違いなどを楽しむことが無上の喜びとなります。ヨハネ受難曲は一度しか録音してなく、またマタイの新旧の違いに見られるような中間的な位置にあるといえますので選択の迷いは生じることができません。しかし、マタイの選択は本当に難しく、結局、両者を手に入れなければ癒されることはありません。けれどもこの躊躇、迷いもリヒターの遺してくれたプレゼントであり、私たちは喜びをもって受け入れることができます。もっとも、人類の遺産ともいってよい演奏を両方手に入れても1万円程度で済むのですから初めから悩む必要もないのですが…。
ここは天国?
いずれも超特級。七つ星くらいのレべルでしょうか。特にアルトとソプラノのソロは美しさを通り越して怖いくらいの素晴らしさです。
落ち着いたアルトに弦と木管が絡み合いミューズの女神のような威厳をもったアルトが音の波の中を気高く歩み行く。と、そんな素晴らしさがあります。
そしてコーラスはまるで天使の群です。低くたれこめた雲の間から太陽の光と共に地上を輝かせるごとく声を響かせます。
私の知っている限り最高の音楽表現に到達したアルバムの一つだと思います。これを聞いてしばらく他の作曲家の作品が耳に入らなくなったほどでした。
私は大のベートーヴェン・ファンで、「ミサ・ソレムニス」の美しさも理解しているつもりですが、しばらくはダメでした。
自信に満ち溢れたリヒターとミュンヘンバッハはまさしく無敵の神兵として他の音楽を圧倒していきます。
作曲したセバスティアン・バッハもイタリア音楽からの影響から完全に抜け出し独自の芸術に到達したといえるのではないでしょうか・・・・・
精神性の高さ、音楽の高潔さはバッハが群を抜いた存在であることが確認できるアルパムではないでしょうか。
残念ながら私の持ってるものは抜粋叛なのでちょっとブツブツ感があり全体の構築性に欠けておりますので、ぜひとも全曲叛を再購入いたします。
バッハが人類に残してくれた最高の遺産。
みんなでそれを受け取ろうではありませんか・・・・・・
大戦を経た人々の声
他のレヴューにある「自信に満ち溢れたリヒターとミュンヘンバッハはまさしく無敵の神兵として他の音楽を圧倒していきます。」という部分は読み捨てにできない。
キリスト教の本旨、そして少年時代祖国の崩壊と死をみずからの目で見たリヒターがこの録音にこめた思いに全く反するものだからだ。「自信に満ちた者が無敵の神兵として他を圧倒」するつもりだったのに、世界は死に溢れ、自分の代わりに死んで行ったものたちの姿を前にみずからの愚かさを血が吹き出るような思いで自覚した人々の伝えたものが、キリスト教、そして大戦を経た人々の声である。涙で目がつぶれもう世界が見えなくなるほどの悔恨である。
つまり自分の愚かさのために大切な他者を代わりに死なせてしまった、あの人は自分の代わりに死んだという思いが本質なのである。
そこから「あなたはわたしであり、わたしはあなたとして生きて行く」という意思が出て来る。 65. アリア(バスI)「わが心よ、みずからを浄めるがよい」がその心の歌である。その深い自覚の先に春の如き生命と人間の復活が訪れる。その全体の姿が神なのである。戦後の人々の営為はそういうものだ。日本人もそうしてきた。
決していもしない存在を受け入れることが信仰なのではない。
この曲の素晴らしさをじゅうぶんに受け止めつつ、他方では吉本隆明の「マチウ書試論」も是非一度読むといいと思う。「マチウ書試論」はオウム教団を考える際にも最も参考になる書のひとつだと思う。


