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マルーシの巨像 (ヘンリー・ミラー・コレクション)

マルーシの巨像 (ヘンリー・ミラー・コレクション)
By ヘンリー ミラー

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  • Amazon.co.jp ランキング: #676314 / 本
  • 発売日: 2004-08
  • 版型: 単行本
  • 243 ページ

エディターレビュー

内容(「BOOK」データベースより)
混沌と情熱、神性と永遠を求めて、著者独特の詩情が全編にほとばしる、鮮烈なギリシャ紀行。

内容(「MARC」データベースより)
第2次大戦が勃発する直前の夏、著者はギリシャの地に、現代社会からは失われてしまった混沌と情熱、神性と永遠を見出す。ミラー独特の詩情が全編にほとばしる鮮烈なギリシャ紀行。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
金沢 智
1965年、東京に生まれる。早稲田大学第一文学部を卒業後、同大学大学院文学研究科修士課程修了。現在、高崎商科大学専任講師。専攻、アメリカ文学、文化論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


カスタマーレビュー

コップ一杯の水5
現代日本よりもはるかに深刻な格差社会であった20世紀前半のアメリカで、ニューヨークの北米電信会社という大企業の雇用主任を勤めながら、アメリカの繁栄と物質主義の恩恵を何ら蒙ることのなかったミラーが、職を投げ打ち、フランスへ渡り、「北回帰線」や「南回帰線」を執筆した後、ギリシャに向かう。この時期、ミラーの諸作はパリのオペリスク・プレス社から出版されていて、アメリカ本国では発禁となっており、ミラーの懐具合は寂しい。そんなミラーが、路地の薄暗がりの中でグラスの水を飲んでいる恋人たちの姿に感銘している。その情景と、それを描くミラーの筆致は美しい。むろんギリシャの恋人たちにしたところで、お金さえあれば水ではなくコーラやバドワイザーを飲むだろう。読者の我々でも、ただの水ではとても満足できなくなっている。だが、村上龍がかつてエッセイで記していたように、「コーラ」はひとつの思想なのだ。
ミラーはパリによって癒され、ギリシャにおいて闘争を決意する。ギリシャ当局から退去命令を喰らったミラーはアメリカに帰国する破目になる。そして本国で「薔薇色の十字架」三部作や「ビグ・サーとヒエロ二ムス・ボッシュのオレンジ」等の傑作を書く。
なお、本書が執筆されたのは1939年、第二次世界大戦勃発の年である。本文から引用する。「大義名分のために命を投げ出すのは立派なことだが、死人は何も達成できない。生きるために、私たちは命以上のものを差し出すことを求められる。−精神、魂、知性、善意を。」これは、自ら死地に赴くことはけしてないにもかかわらず、「命を賭けても守るべき大義がある」と公言する我が国の保守論客に聞かせたい台詞である。




現在のギリシアの観光イメージを形作った本かもしれない5
コルフ島に住んでいた友人の作家ローレンス・ダレルの誘いに応じ、ギリシア(とくに西部)を訪れたさいの滞在記。
本書の成り立ちからして面白い。それまでミラーが書いた小説自体は発禁処分にされていたが、本書が評価され、小説が一冊も一般読者のもとに届けられていない状況でありながら、作家としてアメリカ芸術院の会員になっていたんだとか。
というエピソードからもわかるように、ミラーの小説とは文体からして少し違う。これを言ったら元も子もないが、彼の小説とは違って、読みやすい。
とはいえ、彼独特の直観がなくなったわけではない。内容は、混沌とし悲惨で貧しいギリシアに、希望を感じてしまったとまとめてしまっても問題ないだろう。例えば、60年代にビートルズがインドに行って、悟りを開いちゃったことに近いものを感じさせる。
ちなみに、ギリシア観光のキャッチコピー、あるいはギリシアのその観光イメージは、本書から引用された文章によっているものも多くある。それを探しながら読むのも楽しい。

貧乏なつもりのお金持ちによるオリエンタリズム充満載のイタい旅行記。2
 ロレンス・ダレルの招きで、ヘンリー・ミラーがギリシャ旅行をしたときの旅行記。アメリカの繁栄と物質主義のおかげで仕事もせずにギリシャ旅行ができる優雅なご身分のミラーが、貧しいギリシャの村人に対してアメリカはダメだ、物質文明は堕落している、貧しいほうがいい、オレは貧乏だと得意げに吹聴して回り、それがいかに滑稽で馬脚むき出しかを自覚せずに自分の発言に酔いしれている様は、哀れみを催すしかない。その一方で小銭でギリシャ人どもをこき使えるのを自慢してみせるのは、ひたすらイタい。
 そういうところをなるべく見ないようにしつつ(といってもそれが半分以上なのでなかなかむずかしいが)読み進めると、漫然とした語りや自動書記じみた脱線の中に、かれがギリシャに感じた精神的な高ぶりがうかがえて楽しめるのだが、一方でそれは単にミラーが自分の妄想を勝手に投影しただけのオリエンタリズムの一種でもある。訳者解説は、いっしょうけんめい現代思想を引き合いに出す割には、そうした面にはまったく目が向いていないのか、あるいは営業上の配慮でそれを書かなかっただけなのか。ダレルのイスロマニア系の諸作に比べて、筆致の華麗さにも欠け、また短期の旅行記なので視点も浅く、刺激には欠けるが、ミラーの他の作品よりも大仰な自分語りは抑えがちなので読みやすい部分もある。

本書でぼくが好きなエピソード。アメリカで、ミラーが乞食に小銭をせがまれて、黙って断ればいいものを自分がいかに貧しくてあげられる小銭もないかを弁解したところ、その乞食にせせら笑われて、だれだって人にやれる小銭くらいあるのだと言われ、逆に10セントめぐんでもらったとか。ミラーはそれが何やらいい話だと思っているのだが、自分のケチさ加減とそれについての弁明の空疎な嘘さ加減とが乞食にも見透かされているのがわからないのが、ミラーのだめなところ。でも、それがかれの他の作品における持ち味にもつながっているのがむずかしいところではある。