タタール人の砂漠 (イタリア叢書)
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商品の詳細
- Amazon.co.jp ランキング: #120868 / 本
- 発売日: 1992-01
- 版型: 単行本
- 259 ページ
エディターレビュー
内容(「MARC」データベースより)
砂塵にけむる幻の戦士たち。幻影のなかに"時"が沈む…。北の砂漠から伝説的なタタール人が襲来してくるのに備えて三十年余も辺境の砦で過ごす将兵たち。二十世紀の幻想文学の世界的古典を翻訳。
カスタマーレビュー
つなぎ止められぬ時間は無常に流れて……
私見だが、書物には読者をして生活へと向かわしむる書物と、あくまで閉じられた虚構性を追及する書物との二種類があると思われる。
この見地からして『タタール人の砂漠』は、その幻想的な作風にも関わらず前者に属する。何故か。それはこの作品における「時」の扱いかたに焦点をあてると一層明らかになる。
主人公たるドローゴ中尉は最初の任地として、今は廃れてしまったバスティアーニ砦へと向かう。そこでは何も起こらず、ただ無為に「時」を浪費する生活があるばかりである。しかしながら、この砦の兵士たちの間には次のような噂が囁かれていた。すなわち「砦の前に広がる砂漠にはタタール人が住んでおり、いつかはこの砦を襲撃に来る」と。
ドローゴはタタール人の襲撃を待ち続ける。この過程で過ぎ去って行く時に関する描写は読むものをドキリとさせる。
「新しい事態は何も起こらずに、二十二ヶ月が過ぎ去ったが、自分の人生は特別扱いだとでもいうように(ドローゴは)じっと待機していた」
不明確な期待を抱いて時間を浪費すること、その心当たりがあるだけに読者は自分をドローゴに重ね合わせて奇妙な焦燥感を覚える筈だ。そこにまた、おのずと自らの人生を振り返り、今後の生活について考えさせられることもあるだろう。
さて、そうしてドローゴはひたすら待ち続ける。果たして、タタール人たちは本当にやってくるのか?ドローゴの一生を捧げた待機は報われるのか?
それはあなた自身の眼で見とどけていただきたい。
砂漠の向こうには
自分の人生は、ほかとは違って特別なものであり、「何かが起こる」のではないかと想像するのは、多くの人に覚えのあることではないだろうか。
私も小さい時分、いつか目の前に宇宙人が現れるとか、魔法が使えるようになりたいとか、そんなたわいもないことを夢見ていたのを思い出す。
砦の守り手は、北の砂漠、「タタール人の砂漠」がその対象で、恐怖と好奇の入り混じった視線で見つめていた。
この物語は、砂漠が舞台でありながら、ほとんど「乾き」を感じさせない。
むしろ、水のしたたる音や風のうなり声、霧にかすむ山々は、静かで少し湿り気のある風景を思い起こさせる。
砂漠が「孤独」の舞台であるのは、いささか安易にすぎるかと思う部分もあるが、風のうなり声を部下の口笛と聞き間違える場面、母親が自分の足音で目を覚まさない場面など、ブッツァーティらしい幻想に満ちた孤独の描写はさすがである。
砂漠の向こうには、夢をかなえる何かがあって、時間という貴重な財産をすべて賭けてそれを心待ちにする。
いずれそれはやってくるのだけれど、やってきた時にはもう遅い。
人生の中で感じずにはいられない「死」と「孤独」の雫を、砂漠の砂でろ過して抽出したような作品。
現実にはほぼ何も起こっていないのに、それでも先へ先へと読み進めたくなる。良作。





