妻と僕―寓話と化す我らの死
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商品の詳細
- Amazon.co.jp ランキング: #244355 / 本
- 発売日: 2008-07
- 版型: 単行本
- 245 ページ
エディターレビュー
内容(「BOOK」データベースより)
重症のガンに冒され、死の淵に立つ妻!―生と死の深淵を見据えつつ、女とは、男とは、夫婦とは、人生とは何か、名誉とは、孤独とは、祖国とは何かを根源から思索する、自死の予感をも孕む、感動的作品。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
西部 邁
評論家。1939年3月、北海道山越郡長万部町に生まれる。1958年、東大教養学部(駒場)に入学。結成されたブント(共産主義者同盟)に加盟。在学中は東大自治会委員長、全学連の中央執行委員として「六〇年安保闘争」で指導的役割を果たす。1964年、東大経済学部を卒業。1971年、東大大学院経済学研究科理論経済学専攻修士課程修了。横浜国立大学経済学部助教授、東大教養学部助教授を経て、1986年、東大教授(社会経済学専攻)に就任するも、1988年、人事問題のもつれをめぐり、辞任。評論家をつづけるとともに、鈴鹿国際大学客員教授、秀明大学教授・学頭を歴任。1994年より月刊オピニオン雑誌『発言者』刊行。2003年より『北の発言』刊行、翌々年より『表現者』(隔月刊)顧問。1983年、『経済倫理学序説』で吉野作造賞、翌年、『生まじめな戯れ』でサントリー学芸賞、1992年、その評論活動にたいして第八回正論大賞をそれぞれ受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
カスタマーレビュー
西部さんならば・・・これでいいのである
せっかくだから先例の小谷野氏の読みを考慮しつつものを言うとそのとおりだと思う。
そのかわり西部さんの著作と活動を振り返ってみると、その「お談義」なるものは例によってレトリックが上手で、それまでの人生に対して無責任であるとは言いがたい点で高く評価したい。いくら思想的立場が対立するからといって小谷野氏もなにも発売直後に真っ先に購入してまでマイナス評価を下さなくてもよかろうに(笑)・・・とおもったりするのである。逆に言えば、小谷野氏のようにな方が即買いする程度の本を書くお方がそれなりの内容の本を書いて、おそらくいつものごとく不満を抱きつつ何らかの生きがいを感じられるほどの内容になっているということであろう。
最後にわたしのレビューを言ってなかったことに気がついたのでそれらしきを話すと(もともと見る目がないからレビューなんて書けないんだけどあえて)、いつものごとく+αな西部さんなのでこれを機会に氏の思想体系を振り返るのにちょうどよろしいものでありましょう。西部好きであまり新たな悪い部分orよい部分が見抜けないので詳しい評価は他の方にお任せします。むしろお任せするほかありません。申し訳ない。
自分の結婚生活を見つめ直し活力を得る
人生を振り返りながら病に臥した奥様との結婚生活について解釈を施しておられます。
これまでの持論をお二人の人生に重ねて描き出されており、下手な亡き妻本とはレベルが違います。
氏の解釈力に頼りつつ自分の人生を見つめ直すというのも思考の楽しみであります。
結婚生活を見つめ直したい方にも一読をすすめます。
目次
1 生と死―永劫と刹那が応答している
2 女と男―言葉におけるかくも絶大な隔たり
3 金銭と名誉―「美田」を「高楊枝」で歩く
4 孤独と交際―煉獄にも愉快がないわけじゃない
5 幼年期と老年期―三つ子の魂は百まで生きる
6 異邦と祖国―「何か」が涜神のあとにやってくる
追記:文章中に夏目漱石の「門」の表現が好きだとの記述があったので、お恥ずかしながらまともに読んでなかった夏目漱石をはじめから読破中です。まだ門にはたどり着いてませんが。Mというのは、「こころ」にでてくるKと同意なのでしょうと、遅まきながら気づきました。
夏目漱石を読もうと言う気にさせて頂いただけでも有り難かったです。
また、この題名は米軍の日本占領時の悪質な検閲を検証した名書「閉された言語空間」で有名な江藤淳氏の「妻と私」から来ているのでしょうかと、氏の生き方ともかぶり、ふと思いました。西部氏は「私」という言葉を嫌っておられますので僕にしたのではと。
奥様へのラブレター
この作品は妻への一種のラブレターであるのだが、言葉にこだわる著者独特の難解な文章と著者にとってなくてはならない奥様が自分より先にこの世からいなくなるかもしれない辛さからか、自らの思想の記述に逃げ込むのでよけいわかりにくくなっている。
著者と奥さまであるMとの一番印象的で一番美しい場面は、眼を閉じたままのMのそばで童謡「月の砂漠」の末尾の部分を著者が口ずさみ、起きたMがそれに応えるシーンである。できればここでこの作品は完結させてほしかった。その後の「おわりに」は蛇足というものだろう。
著者の思いつめた行動や記述がある種滑稽にさえ思える部分もあるが、著者の大切な同志であり連れ合いの奥様のご健康を願わずにはいられない。




