マイマイ新子
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商品の詳細
- Amazon.co.jp ランキング: #268065 / 本
- 発売日: 2004-09-30
- 版型: 単行本
- 325 ページ
エディターレビュー
出版社 / 著者からの内容紹介
主人公は9歳の女の子・新子。ときは高度経済成長直前の昭和30年。テレビ電話も冷蔵庫もまだまだ普及していないけれど、どこまでも豊かだった時代に、多感な少女・新子がまきおこす冒険。大人から子供まで楽しめる、著者新境地の物語。クロワッサン好評連載の単行本化。(ほとんどの漢字にルビ付き)
内容(「BOOK」データベースより)
昭和30年、まだ日本中が貧しかった時代、しかし、季節の手ざわりや家族のつながり、そして生や死を身近に感じながら子供が子供らしく成長できた時代―失われた時代の命の豊かさを、魅力あふれる少女の目で描いた感動的な少女小説。
内容(「MARC」データベースより)
昭和30年、新子・9歳。大事なのは「なんでも自分の目で確かめる」こと。失われた時代の命の豊かさを、魅力あふれる少女の目で描く。大人も子供も楽しめる日本版「赤毛のアン」。ルビつき。『クロワッサン』連載を単行本化。
カスタマーレビュー
新子のアンテナはなんでも感じてしまう
“マイマイ”って、あれのこと?と思って手にしました。私の故郷でもこう言っていたので、違和感がないのですが、マイマイとはつむじのこと。どんなマイマイかというと、アンテナのような・・・とだけいっておきましょう。
昭和30年、9歳の新子の目を通して見た世界が語られていきます。美しい麦畑の風景、戦争の影をひきずった大人、こっそり見た映画、学校の先生、年中行事等々が、みずみずしい感性と言葉で描かれています。昭和30年代の空気を吸って育った私には、記憶の片鱗が重なるところも多く、面白く読みました。子供と大人の世界がくっきりと別れていた時代。しつけも世間体も、口やかましい大人がたくさんいた。地主と小作の立場なども、水面下で厳然としてあった。
そんななかで、新子とおじいちゃんの小太郎のやりとりが、心温まるものでした。二人だけの秘密のハンモックを作ったり、“千年の川”の由来や、大陸で匪賊と戦った話をしてくれたり、新子と小太郎はまったくいいコンビです。新子はおじいちゃんからはそうしたゆったりとした愛情を受け、遠い大学で先生をしている父の東介からは、「なんでも自分の目で確かめる」ことの大切さを教えられます。正義感の強さから、新子は“確かめる”こと優先で、大人に怒られるようなことも、いっぱいしでかしてしまうのですが。
高樹さん自身の「日本版『赤毛のアン』を書きたい」という思いが、のびのびと物語のなかで躍動していて、気持ちよく読むことができました。カバーのイラストの場面は、第4章にありますよ。
子供時代が懐かしく思い出されました。現代っ子にも一度は味わって欲しい子供の世界です。
著者とは10歳も離れない一読者としては、著者が経験した子供時代のエピソードを書き連ねた当該著書の内容に大いに共感しました。私たちが経験した子供時代への「懐かしさ」に満たされるとともに、何か切ないような心情にも浸されました。それは返り来ぬ子供時代への郷愁感とでもいうのでしょうか。物が豊かになっていく前の時代は、遊びと言えば近所の子供が集まり、朝から晩まで、缶けり・陣取り・かくれんぼ・草野球・ドッジボール・探検・チャンバラ等で過ごしていたように思います。大家族の時代ですから、今の核家族と違い、3世代の家族がひしめき、騒々しい家庭であったと思います。老人の生も死も身近な時代でした。著者が後書で述べておられるように、「こんな子供時代を持つことができない今の子供たちに読んで欲しい。」とも思います。
赤毛のアンではない
先にこの本を入手しましたが、映画を先に観ました。
映画の多くはこの本からエピソードが取られていましたが、肝心な部分(清少納言)は映画オリジナルです。
映画とこの本は構成が異なり、この本は小さなエピソードを1つの章をして、それを連ねています。概ね時系列に沿っていますので、退場した登場人物は後の話ではもちろん登場しませんが、回想されることもあります。
真っ先に思ったのが、この時代の子供でなくてよかったという感想です。世代が違う読者に対して共感できる内容ではありません。現代では失われてしまった部分の多くが、失われるべき、または失われてしかるべき部分だったと思っています。
個々のエピソードもあまり面白いものはなく、描写も主観的なのか客観的なのか微妙です。1人称ですが、どこか冷めている部分から書いているため、入り込めません。主人公の動かし方が悪く、大人の作者が子供に戻って、ではなく、大人の作者が子供ってこんな感じだっけ、みたいに想像して書いているような気がします。多分もう子供の頃は忘れてしまったのでしょう。
また、周囲の人物が全くたっていません。おじいさんでさえ、描写が悪く、周囲の人物はほぼ記号です。
赤毛のアンを目指して書いたとありましたが、足元にも及びません。
どちらかというと、時代も場所も違いますが、「思い出ぽろぽろ」と似た感じです。もちろんあちらの足元にも及びませんが。




