もの食う人びと
|
| 価格: |
おすすめ度:
商品の詳細
- Amazon.co.jp ランキング: #196731 / 本
- 発売日: 1994-05
- 版型: 単行本
- 332 ページ
エディターレビュー
出版社/著者からの内容紹介
芥川賞作家の記者が胃袋で書いた異色ルポ。「食」を通して世界の人びとの生の根源を探り新たな世界観を提示。
内容(「BOOK」データベースより)
バングラデシュで、旧ユーゴで、ソマリアで、チェルノブイリで…人びとはいま、なにを食べ、考えているか。熟達の記者・芥川賞作家の著者が、世界の飢餓線上を彷徨い、ともに食らい、語らい、鮮やかに紡いだ、驚愕と感動のドラマ。現代報道の壁を突破し抜いた、世紀末の食の黙示録。
内容(「MARC」データベースより)
バングラデシュで、旧ユーゴで、ソマリアで、チェルノブイリで…人びとはいま、なにを食べ、考えているか。世界の飢餓線上を彷徨い、ともに食らい、語らい、鮮やかに紡いだ、驚愕と感動のドラマ。世紀末の食の黙示録。*
カスタマーレビュー
「食う」ではなく「食」に関する本だ
一言で言えば、深い。
それに尽きる。
人は食わねば生きては行けぬ。
その「食う」にフォーカスした本だと思ったが、
読んでみると人の「食」に注目した本なのだ。
人は生きるため、好むと好まざるとに関わらず、
何かを食べて生き、食べなければ死ぬ。
そんな当たり前のことを淡々と綴っている。
この本を読んで、山岡俊介氏の記事を思い出した。
ピュリッツアー賞候補にもなったジャック・ケリー氏の
コラムに関する記事で、飢餓の東アフリカで出会った
兄弟の愛と命のはかなさに関する記事だ。
この記事を読んだ時は涙が抑えられなかった。
この本は割と淡々と読み進めれられるけれど、
「この本+何か」によって人は変われる。
そんな、世界への入り口みたいな本だった。
前述の山岡氏の記事を探していた時に、
飢餓・グレープフルーツをキーワードにした。
ダイエットの記事が山盛り検索されたよ。
あぁ、これが現実なのだな。
「悲劇」の旅の記録として
辺見庸の作風は、鳥瞰的、抽象的、客観的ではなく、虫瞰的、具象的、意志的である。当書は、世界の人びとの「食う」という根源的な営みに自らの肉体を投じ、その「食う」という行為を通じて、世界各地に存在する「悲劇」の現場を息苦しいまでに描出している。
辺見は実際、「噛み、しゃぶる音をたぐり、もの食う風景に分け入って、人びとと同じものを、できるだけいっしょに食べ、かつ飲むこと」(旅立つ前に)を己に課し、この想像を絶する峻烈なインパクトをもったルポルタージュを完成させ、私たちに突きつけた。
彼は、ダッカの残飯、ミンダナオの人肉、チェルノブイリのボルシチなどで、飽食の時代を生き、偽りの平和の中で惰眠を貪る日本人に対して強烈な揺さぶりをかける。辺見の提示した現実は実に重たいのだが、若い人たちには是非とも読んで欲しい作品の一つである。
対岸の火事ではない
長きに渡る「食う」ことへの探求の旅路。
アジア、ヨーロッパ、旧ソビエト。多種多様な人種、文化、そして身を千切られるような切実な社会情勢の中、筆者は、この絶対的な共通項「食」を求め、さまよい歩く。
筆者が何を知りたかったのか?
或いは何を伝えたったのか?
明確な問いも結論も、印象残らない故、胸内に引っかかった小骨のようなものが残る。
それはただ単に、飽食の民・日本人に対するアンチテーゼだけではない。
腐敗しかけた残飯料理も、放射能に汚染された茸のシチューも、そして自らの汚物に塗れて孤独に死を待つことも、すべて積極的に知ろうと思わなければ、遠い別世界の出来事であろう。
これらの問題は悪戯に胸を痛めて個人の力でどうこう出来うる問題ではない。
しかし!、一人一人がもの食うことの大切さを噛み締め、常に抜き差しならない悲劇の存在を身近に感じることが、ひょっとしたら、我々日本人が、迫りくる大きな失敗を食い止められる、僅かな一歩かも知れぬ。
そんな思いで本書を置いた。




