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ドストエフスキーの詩学 (ちくま学芸文庫)

ドストエフスキーの詩学 (ちくま学芸文庫)
By ミハイル・バフチン, 望月 哲男, 鈴木 淳一, Mikhail Mikhailovich Bakhtin

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  • 発売日: 1995-03
  • 版型: 文庫
  • 602 ページ

エディターレビュー

内容(「BOOK」データベースより)
《ポリフォニー》と《カーニバル》二つのキイ概念で解く「対話」の本質。


カスタマーレビュー

ドストエフスキー文学の本質4
結構重厚な本であり、読破するのに時間がかかったが、哲学的な作品にしては非常に読みやすく、そして何よりも精緻にドストエフスキーを読みこんでおり説得力に富む作品であった。

彼は、ドストエフスキーの作品を「ポリフォニー」と「カーニバル」というキーワードで特徴づける。特に前者については私がドストエフスキーの作品に対し常々感じていたことを裏付けてくれるような主張であると感じれらたため、今日はその点について一考してみたい。

私見ではあるが、私はドストエフスキーの作品の特徴を「脱中心的」と捉えてきた。それは、登場人物達の主張に重心がなく、あらゆる主張が異常なほどの存在感をもって並存している特徴を捉えて表現したものである(特に「悪霊」、「カラマーゾフの兄弟」に顕著であろう)。そこでは作者の立場、作者の意見を掴み取ることすら困難である。
私は所詮素人であり、こういったある種の芸術的な側面に理由なく魅力を感じるに留まっていたが、バフチンの著作はドストエフスキーがそういった芸術的特徴を生み出すにいたった手法の核心に迫らんとするものとして私には読まれた。その手法とは、自らが生み出した登場人物達に対話的にアプローチする手法であるという。
対話とは、一方的主張の衝突ではない。むしろ他者に対するとめどない関心により成り立つものである。確かにドストエフスキーの作中人物達がもつ異常なほどの存在感、リアリティは、単なる想定や観察のレベルで描き得るものではないと思う。

ドストエフスキーに対し改めて畏敬の念を抱くこととなった著作であった。

最も優れた評論5
バフチンはこの本で、ドストエフスキーの詩学、つまり芸術形式を分析しています。

ドストエフスキーの文学は、作者に立派な一人格として認められた人物たちの声が、
多声的に対立し合っています。そして、それは決して溶け合うことはありません。
つまり弁証法的により高い次元で和解するというのではなく、対立は最後まで続くの
です。それはつまり時代の断面図を示したものでもあり、登場人物の自我を尊重した
ものでもあります。
この多声的な、まるで音楽にも似た文学の中で、主調音となるのは、「自意識」です。
ドストエフスキーの小説は、人物たちのそれぞれの自意識を通したヴィジョンによって
展開されていき、それぞれの自意識は十分に尊重されています。
作者は人物たちの自意識に対しての、個人的な断定調の評論を留保します。これは
ドストエフスキーが心理学を嫌っていたことにも関わってくることです。(一方で
フロイトはドストエフスキーの文学を研究対象にしていましたが)
ドストエフスキーは、人物たちを、〜〜の病気であるなどという一面的な見方で終結
させずに、常に彼らに彼ら自身の最後の言葉を言う権利を与えているのです。

「貧しい人々」のジェーブシキンが、作中でゴーゴリ作「外套」を読んで憤るのは、
そこに有無を言わさぬ彼(つまり9等官)の姿が「盗み見られたように」書かれて
いると感じたからです。ゴーゴリはアカーキイ・アカーキエヴィッチに反論の機会を
与えません。しかし、ジェーブシキンは「外套」に反論したいと考えるのです。
それは、ゴーゴリを持ってしても決して触れられぬ、自分の中の自意識、そして最後の
言葉を持っていると、ジェーブシキンが考えているからです。

この例こそは、ドストエフスキーの文学の最大のポイントと言えると思います。バフチン
の洞察は、さらにカーニバル論にまで発展します。

ロシアフォルマリズムと原石の輝き。4
バフチンのこの著作はドストエフスキーという作家を中心に論じる中で、後年の「他者論」、「間テクスト性」などの、様々な理論に影響を与える金玉石であった。具体的には「多声性」、「カーニヴァル」などのわかりやすい用語で紹介される新しい文学の読み方で、今現代文学を学ぶ人にお勧めの大研究だ。