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人間集団における人望の研究―二人以上の部下を持つ人のために (ノン・ポシェット)

人間集団における人望の研究―二人以上の部下を持つ人のために (ノン・ポシェット)
By 山本 七平

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  • 発売日: 1991-02
  • 版型: ペーパーバック
  • 241 ページ

カスタマーレビュー

学歴や能力を超える絶対的な評価基準「人望」とは何か,を解明する良書4
 日本では「人望がない」ために,いかに有能でも前途が絶たれます。「人望」が絶対的な評価基準なのです。では,「人望」とはどういった定義で,涵養することが可能なのか。大半の人は明確な考えを持ち合わせておらず,それでいて相手の「人望」の有無は肌で理解でき,その結果,当人は訳がわからないうちに「人望」をなくして社会から確実に葬り去られてしまう,という状況です。本書は「人望」の定義,具体的な項目,その涵養方法について記述しています。

 平等社会でもリーダーは必要ですが。血縁や血統,階級,身分,出自は問題とされず,その選出基準は基本的に「人望」以外ありえないと山本氏は指摘します。その「人望」とは「高次の常識を実践している」ことです。教育の3原則は知育・体育,徳育だそうですが,知と体の大学はあっても,徳には授業すらありません。しかし,かつては『近思録』の九徳や『大学』の絜矩(けっく)の道が常識として厳然と存在し,特に江戸時代は西洋の学問(知)が一般的には禁じられていたため徳育のみでした。「人望」をリーダーの選出基準とするという伝統は無意識に受け継がれているのに「人望」の定義や育成法が欠けてしまったことが現在の状況を生んでいます。

 「人望」を育てる九徳とは,(1)寛大だがしまりがある,(2)柔和だがことが処理できる,(3)まじめだが丁寧でつっけんどんでない,(4)事を治める能力があるが慎み深い,(5)おとなしいが内が強い,(6)正直・率直だが,温和,(7)大まかだが,しっかりしている,(8)剛健だが内も充実,(9)剛勇だが義(ただ)しい,です。これらは相反する概念なので,自己抑制によって中庸に留めることが高次の常識であり,それを実践できている人がリーダーとして相応しいということになります。

 全体として,おおまかだが,筋道がしっかりしている,という印象を持った良書です。

違和感のない論旨、やはり我々の文化4
日本では平等主義的な発想は常識的な日常生活の中にも現れます。そこで為政者を選ぶのは人民の意思であり、これが天の意思であるという考え方があり、為政者は本来、自然発生的に「だされる」人と説かれます。こうした元の考え方を知ると、社会に親和性の高い生活態度が得られるような気がします。

「だされる」人はどうやって選ばれるか、それが「人望」であり、「人望」というものは、日本社会においては伝統的に不可欠の資質であり、西欧社会でも同様の価値観が見られます。この人望=「常識」を高めることであり、「常識」は社会の相互評価の基準であり、生活を営む基礎。従って、社会文化を向上させようとするときに、人望を得ることは当然の前提となる、ということです。

では、どうすればこの「人望」を高めることができるか。「「克伐怨欲」を脱し、率直に自分を表現し、七情を抑制し、「中か己を恕す」という形で自分に甘えることなく、それによって支えられる、つまらぬプライドを除く。九徳を目標とし、最終的には「緊矩の道=徳」を目指す。同時に現実の生活における何らかの高い技能を身につける。現代社会は機能集団によって支えられる社会だからである。」

こう書くと、何が何だかわからないと思われますが、要は日本人の伝統的な人格者の価値観に沿った自己の資質を高める努力そのものが、「常識」の質を上げていく、ということです。そして、自分の「働くところ」を知り、常に一定して変わらぬ法則に照らして行うという方法、生き方の基本を中心に据え、そこでの能力を高めていく、こうすれば「人望」が高められていく、と山本氏は説いています。全体として違和感のない論旨、無意識的に感じてきた社会の「人望」というものが割りに明確になったような気がします。  

読む人を選ばない5
本のタイトルこそ、部下を持つ人へ。と題されてはいるが、人を選ばずに誰もが、理解し、納得できる単純明快な内容。
とはいっても、内容が薄かったり、文面が美辞麗句で埋め尽くされている訳でも、精神論で強弁されている訳でもない。
他人が一人の人間を判断する時に用いる、人望という曖昧で絶対的な概念を、
東洋、西洋それぞれの故事、古書を用いて分析し、両者に共通する概念と、
それを我々が日々の生活に身につけるにはどうしたらよいか?という事が論理的に説明されている。
その中で、人間が他人に理解され信用されるには、
宗教、文化の違いはあっても、その本質は同一の物だと気づかされる。
氏は、すでに亡くなられているが、本の中で記されている、徳を見失い、禽獣に近し次世代という、
恐ろしく的を射た危惧に、皮肉にもこの本の有用性を確認する事ができるかもしれない。
社会人に限らず、若年の学生の方にも是非、読んで貰いたいし、
この本の内容は日本社会に限らず、海外で生活する人にとっても有用だといえる。
勿論、それ以外の様々な人にもお勧めする。
帯の、「もう少し早くこの本に出会いたかった。」という表現は決して過言ではない。