訴訟 (光文社古典新訳文庫)
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商品の詳細
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- 発売日: 2009-10-08
- 版型: 文庫
- 423 ページ
エディターレビュー
内容(「BOOK」データベースより)
銀行員ヨーゼフ・Kは、ある朝、とつぜん逮捕される。なぜなのか?判事にも弁護士からもまったく説明されず、わけのわからないまま審理がおこなわれ、窮地に追い込まれていく…。「草稿」に忠実な、最新の“史的批判版”をもとに、カフカをカフカのまま届けるラディカルな新訳。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
カフカ,フランツ
1883‐1924。チェコのプラハ生まれ。父母はユダヤ人。法学博士号を取得後、労働者傷害保険協会に勤め、サラリーマン生活を送りながら執筆を続ける。1917年結核と診断され、’24年死去。死後、親友マックス・ブロートの編集によって作品の大部分が出版され、世界的な評価を得る。代表作としては短編『判決』『変身』、未完の小説『訴訟』『城』など
丘沢 静也
1947年生まれ。首都大学東京教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
カスタマーレビュー
すでに『審判』を読んでいる人にこそ読んでほしい
独文業界では、ずいぶん前から『訴訟』で通っている作品だが、やっとその通りの邦題で訳された。
「古典新訳文庫」の名に恥じぬすばらしい仕事。
訳者がはっきり断っている通り、16の断片(章)の順序は未決定だから、読者が面白いと思う順序で適宜、
シャッフルして読んでいい。
ヨーゼフ・Kが殺されてしまう「終わり」がこの小説の結末とは限らないのだ。
まさにそれが『訴訟』の訴訟(プロセス)たるゆえん。裁判の勝敗、結末はまだ見えない。
訳者は自分の訳をピリオド奏法にたとえるが、
ピリオド・スタイルがここまで流行ったのは、単に元のテクストに忠実であろうとしたからだけじゃなく、
結果として出てきた、ごつごつした刺激的な響きに、滑らかな現代楽器にはない美が感じられたからだ。
これも訳者が認める通り「翻訳者は裏切り者」だから、どんなにカフカのドイツ語に忠実であろうとしても
日本語に訳せば、訳語の選択一つをとっても「裏切り」が入り込んでしまう。
それでも、訳者が単語一つ一つの意味にこだわって、そのニュアンスを最大限、拾い上げようとしているのは分かる。
池内訳は、もうここまでやりたい放題だと、かえって喝采を送りたくなるジュースキント『香水(パフューム)』などと違って、
彼としても慎重に取り組んだ仕事だと思うけど、きれいな日本語にするために、かなり原文のニュアンスを捨ててしまっている。
丘沢訳はごつごつして、読みづらい感もあるけど、池内がカラヤンだとすれば、まさしくピリオド・スタイルの美。
翻訳家はいわば演奏家だから、翻訳(演奏)にはできる限り多くの選択肢があった方がいい。
すでに『審判』という名でこの小説を知っている人にこそ、改めて別の「演奏」で読んでほしい。
喜劇的効果が感じられる部分は、ちゃんとそのように訳されているし、
鼻のきく人は、ある部分ではホモセクシュアルの臭いもかぎつけるはず。
カフカのドイツ語はそんなに難しくないから、ドイツ語で読むのがもちろんベストだが、
ドイツ語で読む人にとっては、かたわらに置くべき最良のガイドブック。
迷い道くねくね
未完という本書、カフカの親友だった作家が手を入れたため、途中の話に登場する人物の名前が表題の名前と違っている。カフカが変えようとした名前を元のままにして出版したらしい。
本書は『城』と同じく、肝心の「訴訟」になかなか辿りつかない。突然、逮捕されてしまう銀行員のKだが、訴状も分からず、ただひたすら次々起こることに耐えていくしかなく、来るべき裁判に備えなくてはならない。下手すれば、まとまりのない話になるところが、グルグル回り道をさせられる過程が、どうなるのか?という興味とともに、ひと癖もふた癖もある人々たちと邂逅し、社会とはこういうもんだ、という周囲の説明に、何となく呑み込まれる。いや、呑み込まないと、状況を変える糸口がないから、必死にKとともに理解しようとさせられるのだ。それが巧い。『城』でも、なかなか城に行けず、途中で横から様々な人々が出て来ては、つい彼らに巻き込まれてペースを乱されていく測量師の姿を描いていたが、ここでも核心に触れるかと思えば、また離れていき、言葉は通じるのに話が通じないもどかしさにイライラさせられる。けれど、そこが面白い。
実人生でもこういうもんなのじゃないだろうか?ここまで極端ではないものの、自分が考えた通りにピタリと人生が進む、なんてことは、たとえ評判のいい占い師自身のでも無理なんじゃないだろうか。いろんな人と会い、それが良い方へも悪い方へも転がるきっかけになる。変わらない、という人は、相当の引きこもりか、どこかで妥協するなど軌道修正しているか、よほどの精神力、行動力で舵取りをしているかだろう。本書が未完であろうとなかろうと、結論は変わらなかったのではないかと思う。
『審判』という題を『訴訟』に変更したのは頭木訳のほうが先
本書が出る以前、「訴訟 カフカ」でグーグル検索すれば、最初にヒットするのは頭木弘樹さんという方の個人サイトで、そこでは彼自身による『訴訟』の抄訳(第一章と最終章)がダウンロード可能でした。
これはのちに創樹社から単行本化されました。「カフカは第一章と最終章を最初に書いた」という仮説が、海外でのカフカの生原稿の調査で証明されたことが、素人同然の頭木さんが翻訳を任された大きな理由だったそうです(頭木訳カフカ『逮捕+終り-「訴訟」より』,P84)。
私が悲しいのは、生原稿の調査以降に出版された池内紀訳や本書の解説で、頭木さんのこのような仕事について一切触れられてない点です。
特に本書。一般的だった『審判』という題を『訴訟』に変更したのは頭木訳のほうがずっと先なのに、変更理由について2頁も割きながら(本書P414-415)、頭木さんへ一言の挨拶もありません。前述の通り、検索すればすぐわかることなので、知らなかったはずないと思います。




