鼻/外套/査察官 (光文社古典新訳文庫)
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商品の詳細
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- 発売日: 2006-11-09
- 版型: 文庫
- 372 ページ
エディターレビュー
内容(「BOOK」データベースより)
「正気の沙汰とは思えない奇妙きてれつな出来事、グロテスクな人物、爆発する哄笑、瑣末な細部への執拗なこだわりと幻想的ヴィジョンのごったまぜ」(解説より)。増殖する妄想と虚言の世界を新しい感覚で訳出した、ゴーゴリの代表作「鼻」、「外套」、「査察官」の3篇。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ゴーゴリ,ニコライ・ワシーリエヴィチ
1809‐1852。ウクライナ出身のロシア作家。幻想と妄想に彩られた現実をグロテスクに描き出した。『死せる魂』『ネフスキー大通り』『肖像画』『狂人日記』の小説のほか、『結婚』などの戯曲がある
浦 雅春
1948年生まれ。東京大学教授。チェーホフを中心としたロシア文学、ロシア・アヴァンギャルド芸術の研究を手がける(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
カスタマーレビュー
古典の新たな息吹を感じる
ロシア文学を比較的重視している古典新訳文庫。ドストエフスキー、トゥルゲーネフ、トルストイ、レーニンに続いて、遂にゴーゴリにまわってきました。今回は彼の短編のうちもっとも読まれているといってよい『鼻』『外套』、それに加えて世界的に有名な喜劇『査察官』が一冊の本の中に収められました。
解説の中で、訳者の浦氏はこれまでは「日常にひそむぞっとするような真実」「人道主義的」といった語句が、これらの作品を語る上で真っ先に登場することを指摘し、そのために幻想小説家ゴーゴリという側面が無視されがちとなり、彼に対する解釈が安直なものにとどめられていることを暗に批判しています。そこで、独特の眼と四次元的な想像力、増殖する妄想を併せ持った彼の魅力を伝えるために、今回の訳では音韻、調子に注意し落語調を用いています(戯曲の『査察官』を除く)。
この試みは成功しており、驚くほどすんなりと読者は彼の世界に引きずられ、人物の一挙一動をまるで自らが体験してるかのように感じられます。特に小説である前二者においてその感覚は顕著でしょう、『鼻』の奇想天外な展開、『外套』の地味ながら綿密な描写は他の作家のどんな小説の中にも見出すことはできません。今回の新訳がゴーゴリを愛読している方にも、普段あまり文学に馴染みのない方にも読まれることを望みます。
なお、『査察官』とは通例『検察官』と訳されてきた作品ですが、原語の意味を踏まえてこの題名となりました。別作品ではないので注意してください。(詳しくは本書のあとがきを参照)
そうか、落語と思って読めばいいのか。
「鼻」や「外套」は、私にとってはわかりにくい世界でした。鼻が一人歩きする話。外套に執着する男の話。以前他の翻訳で読んだときは、「やけにシュール」で突飛な話しなのに重たい感じがし、取りつきにくいままで読み終わってしまった、という印象のみが記憶に残っています。
今回この翻訳を読んで、なにか、すとん、と腑に落ちました。そうか、落語と思って読めばいいのか。笑い飛ばしながら、皮肉や、哀感も感じればいい。
落語風の翻訳はこの著者が初めてではないそうです(と、あとがきにあります)。その前例にめぐり合っていなかったのが私の不幸であったのかもしれません。ともあれ、この翻訳に出会って、苦手感は随分薄れたことは事実。こうやって読むと、ゴーゴリの短編は私にも面白いものでした。
戯曲である「査察官」(これまでは「検察官」と訳されていたことが多い)も、この訳でもすでにどたばた喜劇の面白さが充分出ています。ついでに落語に書き換えてみたら、とおもいました。どうぞ、どこぞで試して読ませてくださらないでしょうか。こんなお話しを書いた人ですから、ゴーゴリさんも笑って許してくれそうに思います。
できたら、これらの話を高座でどなたか落語家さんに語ってもらいたいです。ほかの古典名作などにも、結構落語にしたらよさそうなものはありますね。「古典新訳落語」って、結構いいかもしれない。そんなことまで思った新訳でした。
こりゃ面白い
亀山先生の「カラマーゾフ」新訳をきっかけとしてかどうか、俄然ロシアのねくら文学の面白さが再評価されつつある。「カラマーゾフ」でもわかるように、ロシア文学というものはもともとこんなに面白かったのだ。本書の解説等を読むとわかるが、ゴーゴリ自身が21世紀平成ジャパンに跋扈する「おたく」野郎そっくりではないか。 また9等級だか14等級かは知らないが、ここに出てくる主人公の下等官吏の悲喜劇は、居酒屋タクシーと仲良くする都下の魑魅魍魎役人と大差ない。
それにしても、革命前のロシア人はどうしてこれほどまでにもおしゃべりなのだろう。一人で文庫本1ページ以上をしゃべりまくる。これを浦雅春が軽妙な落語調の翻訳に仕上げてしまったのだから面白くないわけがない。
ML主義による革命後は、現代もそうだが秘密警察の怖さもあって、庶民はなかなか本音をしゃべらないし、しゃべらされない。文学者は書けない、書かない、書かされない。
1世紀以上も前にこんなにも面白い小説が書かれていたということ自体が驚きであると同時に、今の時代、大して面白くもない現代小説を高い金を払って読むよりも、これらの古典をもっともっと読んだほうがよほどいいような気がする。


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