翔ぶが如く〈3〉 (文春文庫)
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商品の詳細
- Amazon.co.jp ランキング: #21273 / 本
- 発売日: 2002-03
- 版型: 文庫
- 361 ページ
エディターレビュー
出版社/著者からの内容紹介
新生日本の激動期を描く全十巻、文字を拡大した新装版!
征韓論を巡って大久保に敗れ、薩摩へさる西郷。叛旗を翻し、独立国の様相を呈し始めた薩摩に、政府は厳しく決着をつけようとする
内容(「BOOK」データベースより)
―西郷と大久保の議論は、感情に馳せてややもすれば道理の外に出で、一座、呆然として喙を容るるに由なき光景であった―。明治六年十月の廟議は、征韓論をめぐって激しく火花を散らした。そして…西郷は敗れた。故国へ帰る彼を慕い、薩摩系の士官達は陸続として東京を去ってゆく―内戦への不安は、現実となった。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
司馬 遼太郎
大正12(1923)年、大阪市に生れる。大阪外国語学校蒙古語科卒業。昭和35年、「梟の城」で第42回直木賞受賞。41年、「竜馬がゆく」「国盗り物語」で菊池寛賞受賞。47年、「世に棲む日日」を中心にした作家活動で吉川英治文学賞受賞。51年、日本芸術院恩賜賞受賞。56年、日本芸術院会員。57年、「ひとびとの跫音」で読売文学賞受賞。58年、「歴史小説の革新」についての功績で朝日賞受賞。59年、「街道をゆく“南蛮のみち1”」で日本文学大賞受賞。62年、「ロシアについて」で読売文学賞受賞。63年、「韃靼疾風録」で大佛次郎賞受賞。平成3年、文化功労者。平成5年、文化勲章受賞。平成8(1996)年没(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
カスタマーレビュー
西郷の下野
大久保との直接対決に破れ、明治6年10月23日、ついに西郷は辞表を出し、東京を去る。
黒田清隆の妻斬殺事件のエピソードが興味深かった。大久保利通は、この事件を揉み消したことが、のちの暗殺の一因となった。全編を通して、決して私利私欲や出身藩への利益誘導に走ることのなかった大久保がなぜ、黒田に対して厳しい措置がとれなかったのか。謎は多い。
「征韓論」ついに決裂!西郷下野・・・!
数ヵ年に渉る、参議クラスの遣欧使節団も
岩倉、木戸の帰朝で一旦終了しました。
帰朝後の廟堂は「征韓論」を巡り、そのテーマに
薩摩の独走を牽制しようとする、長州、土佐、肥後閥の
それぞれの思惑も絡んで、かつ維新の成就までは
西郷と莫逆の友である、大久保利通が反対をしたことで、
ついに西郷は新政府の顕官としての職を擲つ決意を
あきらかにします。
以外にというか、こういう‘政局’に活躍するのが、
長州の伊藤博文、木戸孝允、山県有朋だったりします。
長州閥の首魁は普通に考えて、木戸孝允でしょう。
このひとも癸丑以来の古株の志士ですが、トップに立つ器ではなく、
評論家タイプなので、火中の栗はやはり拾おうとはしません。
薩摩閥のトップ、いや新政府のトップに君臨する西郷の、この
あまりにも急な去就は、様々な影響を内外に与えていきます。
このあたりの混乱ぶりを極力私見を交えず、司馬先生も淡々と
筆を進めます。
この時の顕官たちの中でも、江藤新平に興味を惹かれますね。
ある意味、国家観を明確に持っている点で大久保と双璧でしょうから。
まだまだ新政府、種々の矛盾を解決出来ないでいます。
明治の苦悩はまだまだこれから・・・・なのでした。
西郷・大久保最後の会話
私がこの3巻で一番印象に残ったのは西郷と大久保の最後の会話シーンです。
国へ帰るという西郷に対し「俺の知ったことか。今はちゅう大事なときにお前さぁ逃げなさる。後始末は俺がせなならん、もう知ったことか。」という大久保の言葉に西郷に対する怒りと寂しさと悲哀を感じました。またこの後の「今のは言い過ぎだと思います」という伊藤の言葉に寂しげに「私もそう思います」というシーンが印象に残りました。
幕末から無二の盟友として誰よりもお互いを分かりあっていた二人がこうなってしまったことに対する大久保の心の叫びだったのだろうと私は思いました。





