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60年安保―センチメンタル・ジャーニー

60年安保―センチメンタル・ジャーニー
By 西部 邁

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  • Amazon.co.jp ランキング: #355368 / 本
  • 発売日: 1986-10
  • 版型: 単行本
  • 204 ページ

エディターレビュー

内容(「BOOK」データベースより)
元全学連主流派幹部が四半世紀の沈黙をやぶって語る“空虚な祭典”の哀しき勇者たち。


カスタマーレビュー

60年ブントを語るうえで欠かせない一書5
60年安保当時東大教養学部自治会委員長だった西部による、当時のブントの活動家たちの評伝。いわゆる「ブント」が書きそうな革命家列伝じゃないのが、本書のいいところだ。右翼田中清玄による全学連への資金供与事件などは、青木昌彦が典型のようにブントの中では「なかったこと」になっている。本書の中で西部はそれが事実であること、また東大の自治会選挙でも自分が不正を行なっていたことを正直に語りながら、しかも皮相的にではなく、唐牛、長崎、森田実といった当時の活動家たちの群像を描いていく。西部、というのはエエカゲンナヤツだと思っていたが、少なくともこの本では、とても誠実だと思う。ブントの活動家のその後の人生によりそいつつ、高度成長という「明るい時代」のなかでブントの経験を行き直そう(引きずろう)とする真面目な元活動家の肖像を描き出しているのだ。革命か、挫折か、といった、短絡的な人間観はここにはない。60年ブントを語る上でかかせない一書といえるだろう。

唐牛健太郎という人4
著者にとって安保闘争の体験はもちろん重要だったが、著者は後生大事にこだわり続けるものではないという考えだった。ブントのやったことなど幼稚なものだったと思っている。ところが、唐牛健太郎はそうでなかった。元全学連委員長という十字架を背負い、安保闘争の1960年以降も、そこに過度に固執しながら、日陰で生きざるを得なかった。よく、過去にやりのこしたことがあったり、蹉跌を克服しないままに生きているとき、「忘れものをした」などというが、唐牛氏の人生は忘れものをさがしながら終わってしまった。死ぬまで彼とつきあいのあった著者が懐古する唐牛についての文には悲しみがあふれている。

唐牛ほか、篠田邦雄、東原吉伸、島成郎、森田実、長崎浩が論じられている(森田実とは最近までよくテレビで見かけた好々爺だが、1956年の砂川闘争で一種の英雄だったそうだ。物心ついたときには大規模な学生運動などがほぼ存在していないような世代としては大いに驚きだった。

著者自身の運動の経歴も語られていて興味深い。選挙結果を操作して東大自治会委員長になったことなども明かしている。