無理
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商品の詳細
- Amazon.co.jp ランキング: #5649 / 本
- 発売日: 2009-09-29
- 版型: 単行本
- 544 ページ
エディターレビュー
内容紹介
人口12万人の寂れた地方都市・ゆめの。この地で鬱屈を抱えながら生きる5人の人間が陥った思いがけない事態を描く渾身の群像劇。
内容(「BOOK」データベースより)
合併でできた地方都市、ゆめので暮らす5人。相原友則―弱者を主張する身勝手な市民に嫌気がさしているケースワーカー。久保史恵―東京の大学に進学し、この町を出ようと心に決めている高校2年生。加藤裕也―暴走族上がりで詐欺まがいの商品を売りつけるセールスマン。堀部妙子―スーパーの保安員をしながら新興宗教にすがる、孤独な48歳。山本順一―もっと大きな仕事がしたいと、県議会に打って出る腹づもりの市議会議員。出口のないこの社会で、彼らに未来は開けるのか。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
奥田 英朗
1959年、岐阜県生まれ。プランナー、コピーライターなどを経て作家活動に入る。2002年『邪魔』で大藪春彦賞、04年『空中ブランコ』で直木賞、07年『家日和』で柴田錬三郎賞、09年『オリンピックの身代金』で吉川英治文学賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
カスタマーレビュー
結末に無理がある
「邪魔」「最悪」に似た作品だ。5人の主人公が出てくるが、世の中の底辺に居る人達の普段の生活が書かれている。平成21年の不況に生きている負け組の人の生き様が良く書けている。彼らはとんでもない事件に巻き込まれていく。話しがどんどん膨らんでいき、最後は殺人事件まで起きてしまう。ミステリーなのか、ドタバタのコメディなのかわからないが、読んでいて面白い。
実際私の隣りには暴走族上がりのヤンキーの奥さんや旦那が住んでいる。私にはとても理解できない人達だが、この小説を読むと何となく彼らをよく理解できる。生活保護を申請する人とそれを受付け、拒絶する人も出てくる。私はどちらの立場に立って読んでも理解できた。話しは面白くて、大きく膨らんでいくけど、結末にはどうにも無理がある。著者自身も書いていて、あまりに膨らみすぎてしまって、最後に結末を書くのは「無理」と思ってこの題名を付けたんじゃないかと思ってしまった。
確実に進化しています
これほどまでに今の日本の状況を描写しているその手腕はさすがです。その上で、作者が主観的な価値観を一切投影していないところが凄いと思いました。例えば『サウスバウンド』では、やっぱりこういう生き方はいいよね、ということであったり、『オリンピックの身代金』では、あの頃は良くも悪くもエネルギーが充満していた、という、仄かなものですがどこか憧れが混じった主張が感じられました。
ところがこの作品では、あえて絶望と希望の狭間を行ったり来たりするわけでもなく、また淡々とした日常描写に終始することもなく、所得格差の対比をことさらに際立たせるでもなく、ただ描写に徹していて、しかも奥田英朗ならではのスピード感はあるという、まさに目の放せない物語の面白さに満ちています。
とりわけ、初期の『最悪』『邪魔』などは、我慢に我慢を重ねてついにキレる、といったような、登場人物の心理のブレを、物語の推進力にしているところがあり、そこが時に人物が駒のように動かされているご都合主義的な感じも否めませんでした。その辺りをユーモアで乗り切っているのがこれまでの奥田調だったのですが、この作品ではそうしたユーモアも必要ないほど、徹底したドライな人物描写力が際立っています。
桐野夏生『メタボラ』のように、人物が作者の手を離れて自立して歩き出すといったような、文学的な凄みはありませんが、物語にオチをつけて何らかのスッキリ感を味わいたいのなら重松清などを読めばいいわけで、作品ごとに力量をつけてきたこの作者の今後はますます楽しみなものとなりました。
こんな絶望的な未来を描いて、一体、読者に何を伝えたいのかが、さっぱりわからない
最近の奥田英朗は、格差社会の負け組と称される人々に関心があるようで、専らそうした人々を題材にした作品は、「ララピポ」、「オリンピックの身代金」に次いで、この「無理」が、3作目となる。私は、このうち、「ララピポ」とこの「無理」を読んで、特に感じるのだが、奥田英朗は、こうした人々を、冷めた目で、「こうした境遇からは、絶対に這い上がれない人」と、突き放して見ているような気がしてならないのだ。少なくとも、この2作品の行間からは、奥田英朗が、こうした人々を暖かい眼差しで見ているとは、とても感じられない。
大半が格差社会の負け組に属するこの「無理」の主な登場人物は、一人残らず、出口の見えない迷路に迷い込み、未来への希望が全く見えない絶望的な状況に陥ってしまっているのだ。そんな彼らが最後に交差する最終場面の後に、一体、彼らに、どんな未来が開けているといえるのだろうか。こんな絶望的な未来を描くことによって、奥田英朗が読者に何を伝えたいのかが、私には、さっぱりわからないのだ。
現代社会には、現に、負け組に区分される人々が少なからずおり、また、今は、取りあえず、その反対側にいる人でも、いつ、自分も負け組に転じるかもしれないという、先の見えない不安な時代に生きているのだ。そうした多くの読者が、この小説を読んで、そのあまりの後味の悪さに、気が滅入ってしまうのではなく、一筋の希望や光明を見出すことができる作品にすることはできなかったのだろうか。
ところで、この作品は、実質的には、5人を主役とする1話単純平均で約100ページの連作短編集といえる。しかし、最後に5人を交差させる構成自体は上手いのだが、「ララピポ」のような1話完結方式にせず、5話を交互に描く手法を取ったがために、物語のテンポが5倍遅くなってしまっており、読む側としては、かなり集中力を削がれ、イライラさせられたことも付け加えておきたい。




