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ロング・グッドバイ

ロング・グッドバイ
By レイモンド・チャンドラー

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  • Amazon.co.jp ランキング: #7827 / 本
  • 発売日: 2007-03-08
  • 版型: 単行本
  • 584 ページ

エディターレビュー

出版社 / 著者からの内容紹介
テリー・レノックスとの最初の出会いは、〈ダンサーズ〉のテラスの外だった。ロールズロイス・シルバー・レイスの車中で、彼は酔いつぶれていた……。

私立探偵フィリップ・マーロウは、億万長者の娘シルヴィアの夫テリー・レノックスと知り合う。あり余る富に囲まれていながら、男はどこか暗い蔭を宿していた。何度か会って杯を重ねるうち、互いに友情を覚えはじめた二人。しかし、やがてレノックスは妻殺しの容疑をかけられ自殺を遂げてしまう。が、その裏には哀しくも奥深い真相が隠されていた……大都会の孤独と死、愛と友情を謳いあげた永遠の名作が、村上春樹の翻訳により鮮やかに甦る。

内容(「BOOK」データベースより)
私立探偵フィリップ・マーロウは、億万長者の娘シルヴィアの夫テリー・レノックスと知り合う。あり余る富に囲まれていながら、男はどこか暗い蔭を宿していた。何度か会って杯を重ねるうち、互いに友情を覚えはじめた二人。しかし、やがてレノックスは妻殺しの容疑をかけられ自殺を遂げてしまう。が、その裏には哀しくも奥深い真相が隠されていた…大都会の孤独と死、愛と友情を謳いあげた永遠の名作が、村上春樹の翻訳により鮮やかに甦る。アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞最優秀長篇賞受賞作。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
チャンドラー,レイモンド
1888年シカゴ生まれ。7歳のころ両親が離婚し、母についてイギリスへと渡る。名門ダリッチ・カレッジに通うも卒業することなく中退。1912年アメリカへ戻り、いくつかの職業を経たのち、1933年にパルプ雑誌“ブラック・マスク”に寄稿した短篇「脅迫者は射たない」で作家デビューを飾る。1939年には処女長篇『大いなる眠り』を発表。1953年に発表した『ロング・グッドバイ』は、アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞の最優秀長篇賞に輝いた。1959年没。享年70(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


カスタマーレビュー

あとがきが最高かな5
私は村上春樹さんの本は読みません。いやエッセイくらいは読んだことがありますけど、そのレベルです。
「長いお別れ」は好きで何度か読んでいて、好きがこうじて原書も買っています。それくらいファンなので今回村上さんの「ロング・グッドバイ」が出るのをを楽しみにしてしていて、発売当日に買って読みはじめて、気になるところは清水訳・原書と比べながら読みました。
感想ですが、訳に関しては村上さんのほうが原文に則って訳していますし、言葉も新しいです。ただ、雰囲気としては、マーロウの、とくにラストのテリーとの会話で感じたのですが、心の揺れが、なぜかストレートに伝わって来ませんでした(たんに自分の読解力不足かもしれません)。もし、長いお別れを読んでいなかったら感動は薄かった気がします。
文学者と映画の翻訳家のちがいでしょうか、少なくともラストの雰囲気は清水さんの訳のほうが日本人としては理解しやすいと思いました。
ただ、巻末のあとがきは最高です。これを読むだけでもチャンドラー好きにはたまりません。
そんなことで★5つです。

やはり不朽の名作ですね!5
丁度少し前にペーパーバック版の英文を清水俊二訳の文庫本で参照しながら読んだのですが、有る部分がスパッとカットされてるのではなく、台詞や情景描写中の数語が端折って意訳されてる部分が多々ありました。そう言う意味で今回の村上春樹訳「ロング・グッドバイ」の登場は完全本としても大いに価値があると思います。
清水訳の味わいも捨てがたいのですが、極端な意訳をせず丁寧に一語一語訳してあるだけに、村上訳の方がオリジナルの世界をストレートに感じさせてくれます。あの名台詞の数々も素敵です。

どちらかと言うと清水訳の方が意訳の幅が広い分、よりセンチメンタリズムを感じさせてくれる気がしないでもないですが、村上訳は、深々と地味にその辺りが胸に響いてくる感じですね。

いずれにせよ、この名作が新たな訳で読めるのは喜び以外の何物でもありません!

清水訳をお勧めします2
 旧・清水訳は省略も多く、語学的な問題も少なくない。では、新・村上訳を買うかと言えば、答えは否である。「グレート・ギャツビー」の翻訳はこれまでのものに比べて村上訳が圧倒的に優れていたが(なにせ、初めて最後まで読み通すことが出来たというだけでも価値がある)、チャンドラーのこの傑作に関して言えば、清水訳を読むことをお勧めしたい。
 村上氏は、翻訳には賞味期限があると主張しているが、現代風の表現を用いればそれで作品そのものが新しく生まれ変わるかと言えば、そう単純な話ではない。歳月を経て味に深みが出たり、透明度が増したりする酒のように、優れた翻訳もまた同じ言葉によって成り立っている以上、時によって成長しうるのである。村上氏の訳は正確で省略はないかも知れないが、味わうにはコクも薫りも足りなさすぎる。要は、成熟度が不足しているのである。
 清水訳を読んだら、かつての友人(あるいは恋人)を思ってコーヒーを入れ、そのかたわらに火をつけた煙草を置きたくなるだろう。
 もちろん、作品それ自体は文句なしの傑作である。