天国の五人
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商品の詳細
- Amazon.co.jp ランキング: #130058 / 本
- 発売日: 2004-11-21
- 版型: 単行本
- 221 ページ
エディターレビュー
出版社 / 著者からの内容紹介
不朽の名作『モリー先生との火曜日』の著者による待望の新作――
この物語は、おわりから始まる。83歳のエディは、偶然の事故であっけなく死んだ。愛する妻に先立たれ、子供もいない。仕事も希望どおりではなかった。彼の人生はなんの意味もなかったのか……。しかし、その死は本当のおわりではなかった。彼を天国で待っていた五人の人物とは? エディが最後にたどりついたものは?――人は人に生かされ、また同時に人を生かしてもいる、そんな人生の真実が胸に迫る。
内容(「BOOK」データベースより)
83歳のエディは一瞬の事故であっけなく死んだ。妻に先立たれ、子供もいない。仕事も希望どおりではなかった。彼の人生はなんの意味もなかったのか…。しかし、その死は本当のおわりではなかった。この物語はおわりから始まる。彼を天国で待っていた五人の人物とは?エディが最後にたどりついたものは。
内容(「MARC」データベースより)
83歳のエディは一瞬の事故であっけなく死んだ。彼の人生はなんの意味もなかったのか…。しかし、その死は本当のおわりではなかった。彼を天国で待っていた5人の人物とは? エディが最後にたどりついたものは?
カスタマーレビュー
死んで人生は終わる。つながりは終わらない。
私の仕事は、病院で、人の死を看取ること。人生の最後を、輝かせるために、支えること。そして、その方が亡くなった後に、決まって、ご遺族に伝えるのは、「あなた方の、大切な方の亡骸は、この世から旅立ってゆかれましたが、あなた方の大切な方が、残していってくださった、思い出は、私たちの心から消え去ることはありません。私たちは、これからも、その思い出を大切にして、時間を過ごしてゆきたいと思っています。」という言葉。
前作の、モリー先生との火曜日では、いかに死ぬかを学べば、いかに生きるかを学べる、ことを知った。そして、生きるとは、人とのつながりの中に、実態があることを学んだ。天国の五人では、その、人とのつながりが、大きな、一つの物語であることを、学んだ。大きな一つの意思の下に、繰り広げられる、一つの物語であることを。
人は、人と人との間で生きている。傷つけもすれば、癒しもする。この世から旅立った後に、人生の中で触れ合った、大切の人と、もう一度、語り合うことができるなら、ぜひとも行ってみたい気がする。
楽しみが増えたかな?
生きていると自分の知らないとこでもつながってるんやな~、と感じた一冊でした。どういうふうに自分が死んでいきたいか(=生きていきたいか)ということも。そして俺が死んだら天国で待っているのは、どんな5人なんやろ?と勝手に想像して笑ってしまった。もし、俺と妻が天国で再会するとしたら、どんな年齢でどんな場面でどんな表情をしているかなって。命に限りがあるっていう当たり前のことをイマイチ漠然としか考えてない俺、も少しその一瞬を大切にしよう。
無意味に自分の人生を貶めてはいけない
物語として面白いかどうかはさて置き、作中あちらこちらにちりばめられた言葉の数々が光る。「人生で唯一無駄なことがあるとしたら、それは自分は孤独だと思う瞬間だけ」
無駄な人生など1人として在り得ない。そこから始まる人生訓は、「自分の与えられた人生を幸せと思え」とか「人の役に立っているのなら、冴えない人生も充実していると感じろ」などと押し付けているのではない。世界中にある、一見何の関わりもない其々の人生が、実は全て一つの物語として連鎖し合っているのだと認識した時、自分は誰の世話にもなっていないとか、誰にも迷惑をかけていないと思うことは欺瞞であると気付くし、逆に誰からも気にかけてもらえないとか、独りぼっちだと感じるのは、無意味な自己憐憫だと諌められるのである。
同じ著者の作品『モリー先生との火曜日』の中で、最後は砕け散る自分の末路を怖れ悲しむ波に向かって、別の波が言う「何がそんなに悲しいんだ?お前は波なんかじゃない。海の一部分なんだよ」の台詞に全てが集約されているように思う。




