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春の戴冠〈1〉 (中公文庫)

春の戴冠〈1〉 (中公文庫)
By 辻 邦生

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  • 発売日: 2008-04
  • 版型: 文庫
  • 492 ページ

エディターレビュー

出版社 / 著者からの内容紹介
古典学者の「私」が語り出す幼なじみサンドロ(ボッティチェルリ)の生涯とフィレンツェの華やかかりし日々。巨匠の幻の傑作初の文庫化!

内容(「BOOK」データベースより)
メディチ家の恩顧のもと、祭りに賑い、楽しげなはずむような気分に覆われた花の盛りのフィオレンツァ。「私」と幼なじみのサンドロ(のちのボッティチェルリ)は、この日々が過ぎゆく人生の春であることに、まだ気が付いていなかった―壮大にして流麗な歴史絵巻、待望の文庫化。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
辻 邦生
1925年、東京生まれ。東京大学仏文科卒業。63年「廻廊にて」で第四回近代文学賞、68年『安土往還記』で芸術選奨新人賞、72年『背教者ユリアヌス』で第十四回毎日芸術賞、95年『西行花伝』で第三十一回谷崎潤一郎賞受賞。99年没(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


カスタマーレビュー

美が際立つとき4
古典学者フェデリコの視点より描かれる、15世紀のフィレンツェ共和国の変遷。フェデリコの親友サンドロ・ボッティチェリの回想録という体裁をとるが、語られてゆくのは、時の移り変わりとともに変貌し続けてゆくサンドロの芸術に色濃く反映されてゆく、フィレンツェ=フィオレンツァ(花の都の意)の盛衰であり、回想記はフィオレンツァが瑞々しい緑に満たされた春の如くに若々しい活気溢れるコシモ・デ・メディチの時代を思い起こすことから始まるが、そんな麗らかな陽気さに満ちた時代に子供時代を過ごしながらも、明るい春のような街の中にも、どこか否定しがたい翳りがあることを感じずにはいられないサンドロが、永遠の美とは何か、という命題を生涯を通じて探して行く過程を克明に描いてゆく。

偉大なルネサンス芸術を生み出したフィレンツェの春が、やがて大いなる夏の時代を経て、実り豊かでもあるが、やがて訪れる短い秋の時代に達すると、フィレンツェの街の精神的支柱であったロレンツォ・イル・マニーフィコが逝く。そして始まる暗い冬の時代。かつてもてはやされた偉大なる高度な芸術文化が「虚栄・虚飾」の象徴として否定、破壊され、プラトンアカデミアに代表される哲学や、いついかなるときにも、春の麗しさを思い起こさせずにはいない、例えばサンドロの絵画の最高傑作の数々のような、高貴な芸術も、飢えている老人の前には無力だと、画家サンドロは語り、筆を折る。花の都フィレンツェの寵児であったサンドロ・ボッティチェリの辿り着いたところは、自作「アンナ・カレーニナ」を否定した晩年のトルストイのそれに似ていたのだった。だが否定されればされるほど、儚い人生の素晴らしさを体現した芸術の素晴らしさはより際立ち、さらに輝きを増すのだと私は思う。人生をさまざまな意匠で飾り立てることで、その人生を豊かにしてゆくことと、その意匠の数々を、虚飾であるとして否定してゆくことで、幸福を得る。どちらもまた、人生の真実なのだが、そんな両極端の人生を、彼自身の人生の中で生きることのできたサンドロこそが本当に幸福な人間だったのだと私には思える。

期待して読んだだけに落胆が大きかった1
 期待して読んだだけに落胆が大きかった。登場人物が現代の日本人にしか見えないし、現代日本人の眼でしかこの時代を見ていない気がした。しかも人物の掘り下げが浅く、事件を羅列するだけで、彼がなぜそうしたかが充分に描き込まれてない。そのためドラマ性が薄く、ストーリーが平板な印象を拭えなかった。
 作者がルネサンスをどう考えているのかなど、作者の主張も感じられず、一体作者は何を描きたくてこの大作を書いたのかが最後までわからなかった。
 老人が輝かしい過去を回想する……というタイプの物語としては美しくはあるのだが、それならばこの時代を舞台にする必要はない。
 執筆された時代を考えればしかたないのだろうか?