吉田茂という逆説 (中公文庫)
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商品の詳細
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- 発売日: 2003-05-23
- 版型: 文庫
- 617 ページ
エディターレビュー
内容(「BOOK」データベースより)
戦後日本の道筋を決定的に方向付けた日本国憲法、対米交渉そして「天皇」。そこには、常に一人の政治指導者の姿があった。やがて日本が冒されるだろうと予言した“自立性を欠いた民権思想という病”とは、そして、彼が信じた「日本の進むべき道」とは何か―。戦後最大の宰相・吉田茂の虚実に迫る著者渾身の大作。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
保阪 正康
1939年12月、北海道札幌市生まれ。同志社大学文学部社会学科卒業後、出版社勤務を経て著述活動を開始。個人誌「昭和史講座」(年二回刊)主宰。現在、立教大学社会学部非常勤講師、函館大学客員教授、朝日カルチャーセンター講師などを務める。主に、日本近代史とくに昭和という時代に題材を求めたノンフィクション、評論、評伝を発表する傍ら、医学・医療、教育を社会的観点から問い直す作品を発表(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
カスタマーレビュー
吉田茂の政治行動とは。
太平洋戦争終結後の日本政治の方向性を決定し、日本の再生のために、強固な信念を持って、交戦国であり、またその後の支配者である、米国という困難に真っ向から対峙した、一政治家の政治思想とその活動を、詳細に記述している。著作の分量と、時期と政治問題の内容により、読み進めるのが困難に感じられるが、英国的エリート思想を有する吉田茂の、良き意味での傲慢さが混乱する日本の被占領期には不可欠であったのだなと考えさせられた。
政争に明け暮れて、国策を軽視している、現在の政治家に、いかほどかの政治理念があるのかと落胆した。
まさしく人間吉田茂!
戦後の混乱期に、現れるべくして現れたような存在の吉田茂だが、実ははるか昔から辛酸を嘗め、不遇の時代が続いたのは知らなかった。
マッカーサーとの駆け引き、GHQの民政局との丁々発止の戦い。吉田がいなければ、戦後日本はどうなっていたのかと思うくらい、その存在は大きい。
しかし、戦後処理を終えた辺りから、吉田と時代のズレが顕著になり、吉田はその頑なさから時代に取り残されていくように、権力の中枢から去っていく。
最後はあまりにも醜い部分が露呈し始め、吉田の偉大な功績を読んだ後での彼の醜態ともいうべき権力への渇望は、悲しいばかりである。去り際を間違えた吉田は、政治家の鑑となることができなかった。この著書は、冷徹といってもいいくらい、そのあたりを細かく描写している。単なる偉人伝に終わっていないのが、保阪氏らしい。
著者の考える吉田茂像がよくわかる素晴らしい『評伝』である。
「政治家」吉田茂の評伝。関係者の証言をもとにするのではなく、吉田の外交官あるいは政治家としてとった行動の背景を、残された文献(書簡や回想録など)と照らし合わせることによって「政治家」吉田茂を描き出すとともに、その功罪を論じているのだが、昭和史研究に関する多くの作品を発表している著者らしく質の高い作品である。
著者はこの作品において「政治家」吉田の行動の源にあるのは、彼の思想が、近代日本は昭和6年から20年迄は変調をきたしていたのであり、明治期以来の近代日本が進んできた道(英米協調)は誤りではない。自分の役割はその変調をもとに戻し「皇国再建」を果たすという信念である、という自身の吉田観(著者は吉田を「昭和の宮廷官僚」と名付けている)に基づいて筆を進めている。
そして、その歴史観が戦時中の外交官時代から決して揺らがなかったことが、優れた政治指導者たる所以であると同時に、この歴史観が現在でも解決できない様々な矛盾を生んだと指摘する。
更に、著者はどんな政策にも前面に立つ吉田を、『歴史に生きる』という自覚と使命感を誰よりも持っていたと記す。言い換えれば『歴史に責任を持つ』ということであるであろう。しかし、著者は自分が生きている間はなんとか歴史的批判を避けようとしていると吉田を批判している。吉田茂も人の子である。
戦後日本を率いた吉田茂が成し遂げたことは功罪含めて多大である。だから、本書だけで彼の全てを知ることができる訳ではないとは思うが、著者の描き出した「政治家」としての吉田茂は、吉田茂という生身の人間の本質も突いているように感じられる。
晩年はその揺るぎない歴史観ゆえに変化していく時代について行けなかった感もあるが、戦後日本の復興は、この揺るぎない人物がいなければ果たせなかったかもしれない。




