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アカデミア・サバイバル―「高学歴ワーキングプア」から抜け出す (中公新書ラクレ)

アカデミア・サバイバル―「高学歴ワーキングプア」から抜け出す (中公新書ラクレ)
By 水月 昭道

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  • 発売日: 2009-09
  • 版型: 新書
  • 248 ページ

エディターレビュー

内容(「BOOK」データベースより)
就職できない「博士」たちの窮状を世に知らしめた著者の、次なるテーマは「大学での生き残り術」。受験の比ではない大激戦を勝ち抜けるのは、正攻法から裏技まで知り尽くした者だけだ。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
水月 昭道
1967年福岡県生まれ。龍谷大学中退後、バイク便ライダーとなる。仕事で各地を転々とするなか、建築に興味が湧く。97年長崎総合科学大学工学部建築学科卒業。2004年九州大学大学院博士課程修了。現在、立命館大学衣笠総合研究機構研究員および、同志社大学非常勤講師。人間環境学博士。専門は環境心理学・環境行動論。06年得度(浄土真宗本願寺派)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


カスタマーレビュー

弊害を考えると、星二つ2
 「自分の業績だけを考えるのではなく、利他の精神を」という著者の主張には、共感するところがありました。
しかし、この本が教える具体的処世術は、少し大袈裟な言い方をすれば、学術の退廃を招くことになる気がし
ます。私自身、大学院の修士課程まで進みましたが、結局、長期的に見て生き残るのは、真面目に良い研究
をした人。とりあえずアカポスをゲットするための処世術で職にありついても、その後鳴かず飛ばずの教員にな
るのがオチです。そういう教員(もどき)の人は、学会でも人間関係ばかり気にして、必要な批判や論争を回避
しようとするので、本来学問の場であるはずの学会が「なあなあ」の井戸端会議になってしまう危険があります。
 院生の身になって考えれば、アカポスにありつけないのは、確かに大問題、死活問題です。しかし、能力不足で
「サバイバル術」だけ身につけた院生が教員になってしまうことの弊害は、無視できません。国の政策の問題や
若者切り捨ての社会の問題があるにしても、この本の著者は、研究者として一生やっていこうと思うなら、何よ
り研究・学問に真摯に取り組まなければならないし、それを奨励する社会でなければならないという現実に向き
合っていないように思いました。

個人的体験談以上のものではない2
前著『高学歴ワーキングプア』の続編である。

タイトルどおり、いかにして苦境から脱出するかを主要テーマとし、どうすればアカデミズムに生き残る可能性が高まるかが論じられている。
著者が挙げる生き残りの要件とは、
・イエスマンになる
・業績は多すぎてもマイナス
・学振研究員になる
・批判するばかりではなく、人を褒める、etc…である(すべてはここでは紹介しない)。

確かに、第一級の研究者を必要としているのは、ごく一部の大学や研究機関だけであり、それ以外のところであれば、研究業績以外の要素が重要になってくるのは事実であろう。

しかし、ここで挙げられている生き残りの要件は、はっきりいって著者の印象を述べているにすぎない。少しうがった見方をすれば、著者が考える就職できなかった原因の逆のことが書かれているだけではないかとも思う。例えば、単著は出してはならない、新書などはもってのほか、とも書かれているが、この水月氏自身は単著も新書も出している。また、学振研究員にもなっていない。

著者の本意ではないかもしれないけど、就職できなかった自分を弁護しているような印象を受けた。

これから読まれる方は、水月氏の体験談以上のものを期待してはいけないと思う。

信用してはいけない2
典型的な「自分が成功しないのは,自分の無能のせいではなく,評価する側が悪いのだ」説.

優秀すぎると嫉妬で採用されない?んなアホな.これは逆に言えば,今専任の教員はすべて「さして優秀でない」ということになるはずだが,本気で著者はそう思っているのか?確かに,「え?」というような人が専任だったりするのは確かだが,すべてではない.

なぜすべての研究者(一部にはいるかもしれないが)がねたみで優秀な応募者を落とすようなそんな品性だと思うのか.本気で大学の将来を考えている人だっているし,優秀な研究者が入ってくることでみずからの刺激になると考える人だっているだろう.そのような推論はたんに著者自身の嫉妬深い性格が反映されたものに過ぎない.

こういう「言い訳」はどのようにでも言えて,たとえば本書の主張とは真逆の「近年の業績主義のせいで,質の悪い論文を量産するやつが専任になって,数は少なくとも質のいい論文を書いているやつが専任になれない」などと言う人間もいるのである.そして彼は彼で,自身の経験から語っているのである.また,「自分のテーマが今の主流でないから」などという「言い訳」もある.要するに,自分のプライドを守ることのできるような「事実」しか見えないのだ.(どうでもいいが,こういうことを言う人たちは,将来的に専任になれてしまったら今度はどう言うのだろうか?自分を専任にしてくれた大学には「たまたま」自分の優秀さを理解してくれるすばらしい人たちがいたということなのだろうか?)

このように,一部の自分に都合のいい例を取り上げて,まるでそれがすべてであるかのように語るという,学者にあらざるべき態度をとっている時点で,著者は自分が専任につけないのは,環境のせいではないということを認識した方がいい.

唯一データをもとに述べているサバイバル法が「学振をとること」なのだが,これって,それまでの著者の説をすべて覆すものじゃないの?だって,優秀じゃないと学振採れないでしょ.

確かに,まったくコネや運やが作用しないとはいわないが,繰り返すが,それがすべてではない.やはり,優秀な研究者はかなり高い確率で専任の職を得ていることは事実だと思う.

若い研究者はこのようなそれこそ(専任になれない)嫉妬にまみれた主張を信じずに地道に業績を積んでいってほしい.ただ,業績とは論文の「数」だけをいうのではなく,「質」も重要だということは念頭に入れておくべきだ,

評価できる点としては,文科省の愚かな「大学院重点化」の犠牲になった若者たちがいることを世に知らしめた点か.生半可なことではアカポスにつけないのは本当のことなので,院に進もうか悩んでいる若者は読んだ方がいいかもしれない.

また,志を持った論文を書くこと,今一度「なぜ自分が研究者になりたのか」を自問することが大事だというのも賛同する.

そしてだからこそ,懇親会で媚を売ったり,業績をわざと減らしたり,などする必要はないのだ.(ただし,懇親会に出席するのは「研究者との交流」という文字通りそのままの意味で重要であるとは思う)

あと,「先生,論文をください」は逆効果.せめて「論文読みました」でないと.