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「負けた」教の信者たち - ニート・ひきこもり社会論 (中公新書ラクレ)

「負けた」教の信者たち - ニート・ひきこもり社会論 (中公新書ラクレ)
By 斎藤 環

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  • 発売日: 2005-04-10
  • 版型: 新書
  • 253 ページ

エディターレビュー

出版社 / 著者からの内容紹介
増大するニート、高齢化するひきこもり、ネットで先鋭化する少年犯罪。これらを通して見えるのは、コミュニケーションの巧みな人・苦手な人の格差化傾向が進み、はなから「負ける」と思いこむ人たちが増えているということだ——本書は、ひきこもり専門医として名高い精神科医が、メディアを騒がせた社会事象にメスを入れ、将来に向けた処方箋を描く。新書では『社会的ひきこもり』以来となる待望の著者2作目となった。巻末に「ニート」の研究者・玄田有史氏との対談を収載。

内容(「BOOK」データベースより)
増大するニート、高齢化するひきこもり―コミュニケーションの格差化傾向が進んでいる。ネット時代の少年犯罪など、メディアを騒がせた社会事象の本質を、気鋭の精神科医が読み解く。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
斎藤 環
1961年生まれ。岩手県出身。筑波大学医学研究科博士課程修了。医学博士。現職は、爽風会佐々木病院・診療部長。専門は思春期・青年期の精神病理学、病跡学、ラカンの精神分析、「ひきこもり」問題の治療・支援ならびに啓蒙活動。漫画・映画等のサブカルチャー愛好家としても知られる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


カスタマーレビュー

普通に生きることの大切さ、周囲の配慮5
□考えさせられたこと
・決してこうだ、こうしなさいとは結論づけない。むしろ、ひきこもりになった若者、そして親をやさしく著者は包み込む。
・本書で共通するのは密室! だから先ず、朝起きたら窓をあけようよ! おはよう! と声をかけてあげたい。


■著者のまとめー成果を焦らず、悠然と進めてほしい
「ひきこもりの治療にかかわった経験から言えば、訓練も、あるいは大自然や就労の経験すらも安定した効果を常に発揮するわけではない。ことは自己愛にからむ問題だ。その意味からも動機を発見できるような環境や条件を調整するに留め、直接動機にはタッチしないことが望ましい」

■ひきこもりの要因
コミュニケーションの不足からくる負けたと思ったときから始まる自虐的自己愛

■わたしたちへの警告ー人間関係の乏しいこども達にネットコミュニケーションの危険性を伝達すること
「ネットの誹謗中傷は、現実のそれより何百倍も破壊力がある」
「過剰ともいえる少年犯罪の報道は祭りであり、われわれは自らの欲望を自省しなければならない。加害者が匿名となる少年犯罪への提言として、被害者の存在が祭りとして消費されないためにも、匿名として配慮しなければならない」

■将来への危惧
「将来的には今以上に自己中心的なーつまり、子に対して献身的になれないー親が増加する結果、問題は除々に『ひきこもり』から『児童虐待』へとシフトするであろう」
「ニートの高齢化ー生涯納税せず、年金や健康保険料もしたことがないニートたちは、両親の死後、生活保護や医療費をどうするか」

□私が本書を推薦する理由
最近、ある新聞は「団塊世代、定年後85%が働かざるを得ないと考えている。理由の一つが、自分の子供の四分の一が非正規採用(派遣、フリター、ニート等)で生活に不安を感じている」からと報じた。つまり、私にとって他人事ではない。

もっと読みたい!4
「自信がないことについては確固たる自信がある」みたいな、奇妙な精神状態が日本の若者たちに蔓延している。この状態を指して、筆者は"「負けた」教の信者たち"と名付けている。これは極めて魅力的な造語であり、何らかのブレイクスルーを予感させる。
本書はメディア論なども切れ味良く魅力的だが、「負けた」教について、もっと深く広く語ってほしかった。これだけじゃあ、ちょっと生殺し。
もっともそれだけ書名が光っているということで、本書は社会時評としては十分面白い。最近希有な、もっと読みたい!と思わせる本である。

彼らを「愛する」自身がないのなら、どうかせめて無関心でいてはくれまいか4
 おおっ!と思わせる書名だが、教義がズバリ書かれているわけではない。期待しすぎると肩すかしを食らう。本書は『中央公論』に連載された時評を中心とする26の短編から成っており、それぞれ別個に書かれたものを内容別に並べ替えたもの。それらを統合したときに生まれたのが『「負けた」教の信者たち』なのだと、冒頭で述べる。この序文は本書の内容を凝縮したものであり、一読したところでは理解しかねるのだが、ひととおり読み終えてから読み返すと得心がいくようなものとなっている。
 ひきこもり研究の先駆者である著者は《情報格差》に着目する。若者の勝敗を決定づける軸の1つが「コミュニケーション・スキル」である、と斎藤は説く。コミュニケーションが苦手だと思いこまされてしまった時、「負けた」という自意識が生じて自分を「負け組」に分類する。その果てに「ニート」「社会的ひきこもり」といった問題状況が生じるのだ、と。
 そして、次のような推測をする。現状を否定し「負けた」と思いこむことで守ろうとしているのは、プライドなのではないか。このナルシシズムの産物を著者は「自傷的自己愛」と名付ける。この推論に至るまでの思考過程を、《若者論》《メディア論》《公正論》という3つの文脈に沿って整理し直したうえで提示しているのが本文である。
 時評というものの性質から、少々まとまりに欠けるきらいはある。大きなテーマをめぐって論じているわけでもないので、散漫な印象も受ける。それでも、さすがは精神科医・斎藤環だと思わせる切り口でありました。