谷内六郎 昭和の想い出 (とんぼの本)
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商品の詳細
- Amazon.co.jp ランキング: #143743 / 本
- 発売日: 2005-01-24
- 版型: 単行本
- 128 ページ
エディターレビュー
内容(「BOOK」データベースより)
川端康成をして“昭和の夢二”と言わしめた稀代の抒情画家・谷内六郎。「絵が描きたくて仕方なかった」少年の日々、そして、旺盛な創作活動を支えてきた家族たち。愛とユーモアに満ちた絵の世界と、その人生をふりかえる。日本人の原風景を描き続けた画家・谷内六郎のすべて。
内容(「MARC」データベースより)
懐かしい風景、純真な子供達、夢見るような空想世界-。日本人の原風景を描き続け、『週刊新潮』の表紙絵などで活躍した画家・谷内六郎の愛とユーモアに満ちた絵の世界、そして人生。『芸術新潮』2001年5月号を再編集。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
谷内 六郎
1921年(大正10)、東京生まれ。幼少時から喘息に悩まされるが、10代より新聞や雑誌に漫画を発表し始める。1955年、第一回文藝春秋漫画賞を受賞。翌56年、「週刊新潮」創刊号から表紙絵を担当し、人気を博した。59歳で没するまでに描いた表紙絵は実に1335枚。表紙絵以外にも、挿絵や装幀、広告、福祉活動など幅広い分野で活躍した
谷内 達子
東京生まれ。劇作家の飯沢匡に師事し、創作人形作家として「トッパンの人形絵本シリーズ」や岩波の人形映画、テレビCM等で制作に携わる。ファンとして谷内六郎のもとを訪れるうちに親しくなり、1958年に結婚。夫の喘息の看病のため、まもなく人形制作を断念するが、2児をもうけ、以降谷内が亡くなるまで精神的な支えとなった
橋本 治
1948年(昭和23)、東京生まれ。東京大学文学部国文科卒。イラストレーターを経て、1977年、小説「桃尻娘」を発表。以後、小説・評論・戯曲・エッセイ・古典の現代語訳など、多彩な執筆活動を行う(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
カスタマーレビュー
日本人の原風景を描き続けた画家
川端康成に「昭和の夢二」とまで賞された。夢見るような空想世界、日本人の原風景を描き続けた画家。
昭和31年「週刊新潮」創刊とともに描き続けた表紙絵は、59歳で没するまで1335枚の多きにのぼった。また、表紙絵以外にも、挿絵や装幀、広告、福祉活動など幅広い分野で活躍した。その中の代表的なものをカラー写真で紹介し、谷内六郎の表現世界を跡付けている。
「ぼくの表紙絵は一つのポイントとかアイデアをもっています。普通絵画は造型性だけによってあらゆるもの、思考とか感性とかを表現しますが、ぼくのには漫画で言えばギャグとかウィットみたいに何か一つのニュアンスによる焦点を出します。それが重要なぼくの絵の方法でもあります」(昭和44年)これは本人の弁。
「桃尻娘」の橋本治は、かれをシュールレアリストと呼ぶ。それも現実を超えた上というよりは「現実を超えたものが現実の中に収まって、そのまま現実になっている」すなわち「現実と幻想の境目がない」ということである。そう言われればそうで、違和感なく子供の世界に大人がいつのまにか入っていける雰囲気である。
宮城まり子の「ねむの木学園」に招かれて、園児たちと3年間、美術造型の生まれ出る過程を見届けた満足感もあった。
谷内六郎自らが病弱であったのを支えてくれたのは、親、兄弟、妻や子の愛情であった。そして何より幼い頃からの揺るがない絵を描く情熱が人一倍強かったのである(雅)





