田園交響楽 (新潮文庫)
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商品の詳細
- Amazon.co.jp ランキング: #141934 / 本
- 発売日: 1952-07
- 版型: 文庫
- 140 ページ
カスタマーレビュー
社会的人間
盲目で言葉も使えない汚い孤児の少女を、牧師が拾うところがこの小説の始まりだ。
彼は「愛」の観点から彼女を救い、いわゆる人間的生活を送れるよう教化を始めるのだが、妻たちは彼女が汚いという「俗」な理由でそれを良く思わない。
しかし美しく、知的になっていく彼女に対して、彼の息子は恋をし始め、彼自身も好意を抱いていくようになる。もちろん牧師は慈愛の精神で少女に接しているように皆に見せかけ続けながらである。
彼のこの明らかな矛盾こそがこの小説のテーマであるように思える。
彼はこの矛盾に気づきながら、自分をはじめ妻、息子をあざむき、息子の思いを途絶えさせさえもする。
俗に落ちてなお、聖である素振りをみせようとする彼の姿は私たちの姿とつながっている。
新しいパターンの「盲目という逆説」
或る老婆が亡くなり、彼女のただ一人の身寄りである姪の盲目の少女を、牧師である「私」は、その慈悲心より引き取ることにした。しかし、「私」の妻であるアメリーは、汚らしい少女を家に連れ込むことに嫌悪を顕にする。ジェルトリュードと名付けられた盲目の少女は、「私」に教育を受け、次第に狂人のような叫びも止め、文字や色彩を覚えるようになる。「私」の息子であるジャックは、ジェルトリュードに恋心を抱くようになる。「私」もまた、同じような感情を少女に抱いてしまっていた為もあり、それを善しとしない。或る日、医師のマルタンによって、少女の目の手術が施され、成功する。しかしながら、目の見えるようになったジェルトリュードは、川に身を投げ死のうとしてしまう。理由は、目を見えるようになって世界は日の光も風も空も想像以上に美しいものであったが、「私」の家にてアメリーを見た時に、自分の罪を悟ったことと、嘗て盲目の状態で愛し想像していた「私」の顔が、ジャックにそっくりだった、という理由からであった……。
文学の代表的主題である「盲目の逆説」の作品ですね。目の見えない状態でしか見えないもの、聞こえないものがあって、その状態で夢想していた素晴らしい世界とは相反する汚濁に、目が見えるようになることによって分かってしまう、というアイロニーです。ただ、本作が『リア王』や『オイディプス王』や『春琴抄』と違うのは、それらの作品のように、見える目を自ら盲目にしたのではなく、本作は、もともと見えない目を見えるようにした、という逆パターンの「盲目の逆説」であるということで、新鮮さを感じました。盲目の状態で、ジェルトリュードは既にその汚濁が世界にあることに勘づいていて、「私」に何事も隠さずに教えて下さいと言っていますが、実際に手術後に見えた汚濁というものが「人間」そのものであったということは、悲しいけれど真実を物語っています。「人間」無き世界、空や風や光は、想像よりずっと美しいのに……という。また、本作品で私がもう一点気づいたことは、語り手である牧師の欺瞞です。彼は、慈悲心、宗教心の名の下に、自らの感情ないし行為を合理化させてはいないでしょうか。彼には五人も子供がいて、妻もいるのに、ジェルトリュードと抱き合い接吻までしてしまいます。それほどまでに現実の家庭とは掛け離れた無垢性をジェルトリュードが保持していたということかもしれませんが、如何せん、自らのエゴイズムのようなものを宗教によって隠蔽している風にも感じました。しかしながら、風景描写、情景描写が、かなり懐かしく美しい表現に富んでいたので、魅力的でした。翻訳は読み易く且つ品高い名訳だと思います。
盲目について
唖の母親の下に生まれた盲目の少女。母親の死により身寄りを失った彼女を見て、牧師は自分の家に引き取る事に決めた。15歳で盲目で言葉も知らず、動物のような少女。牧師は彼女の名前をジェルトリュードとし、責任をもって育てる事にした。本書「田園交響楽」は、そんな牧師の心情の告白を日記形式に綴った形で物語られる。
盲目。もっともわかりやすい盲目は主人公の牧師の少女に対する愛(恋愛)。彼はその存在に気づかず、少女や息子、妻を不幸にしてしまう。そして、妻の盲目、これは生来的なものかもしれない。息子の盲目、少女を死に追いやった最終的な原因かも知れない。さまざまな盲目に読者の注意は促される。
私はこの小説は、もう少し長くなった方がよかったのではないかと感じられる。動物のように描写される少女の理性の獲得はあっけないほど早かったし、主人公の牧師の心理描写もこれほど題材ではもう少し克明に描けたはずである。読みやすい事は読みやすいのだが、少し物足りなさを感じてしまうのはなぜだろうか。





