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お気に召すまま (新潮文庫)

お気に召すまま (新潮文庫)
By ウィリアム シェイクスピア

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  • 発売日: 1981-07
  • 版型: 文庫
  • 194 ページ

エディターレビュー

内容(「BOOK」データベースより)
弟に領地を奪われた公爵は、アーデンの森に移り住んでいる。公爵の娘ロザリンドは、叔父の娘シーリアと大の仲良しのため邸内にとどまっていたが、ついに追放される。男装したロザリンドは、シーリアとともに森に向ったが、一方、公爵の功臣の遺子オーランドーも、兄の迫害を逃れて森にやって来る…。幾組もの恋人たちが織りなすさまざまな恋を、明るい牧歌的雰囲気の中に描く。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
シェイクスピア,ウィリアム
1564‐1616。ストラトフォード・オン・エイヴォンに生る。20歳頃出郷、初めロンドンで役者、後に座付作者として活躍。本編はじめ約37編の史劇・悲劇・喜劇を創作。詩作にも秀で、エリザベス朝ルネサンス文学の巨星となる。47歳で突如隠退、余生を故郷で送った

福田 恒存
1912‐1994。東京生れ。東大英文科卒。評論・翻訳・劇作・演出の各分野で精力的に活躍。芸術院会員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


カスタマーレビュー

男装の麗人の魅力5
シェイクスピアの時代には女優というものがなく、舞台に登場する女性はすべて少年によって演じられた。ポーシャ(ヴェニスの商人)やヴァイオラ(十二夜)など、シェイクスピアの戯曲では男装する女性も少なくないが、これは単純に、上のような制約があった結果なのかもしれない。だがこの、少年の演じる女性による男装、というのは、とても興味深い。現在の舞台では、女性が男装し、しかもそのことに登場人物の誰も気づかない、などという約束事は成立しない。だが、この男装の麗人という両性具有の妖しい魅力は、モーツァルトの「フィガロの結婚」のケルビーノや、宝塚の男役を例に出すまでもなく明らかだろう。

「お気に召すまま」ではこの関係が特に複雑で、1 男である少年が、2 ロザリンドという女性を演じ、3 男装してギャニミードを名乗り、4 <恋愛ごっこ>のロザリンドを演じる、となる。ーーこれはいったいどんな舞台だったのか? 
妙にリアリズムばかり追い求めた結果、私たち現代人は演劇を楽しむための重要な何かを失ってしまったのかもしれない。

アーデンの森で・・・3
弟に領地を奪われた公爵。
従妹のシーリアと仲良しのため公爵家邸内にとどめおかれた公爵の娘ロザリンド。
騎士ローランド・デ・ボイスの息子で長兄に迫害されている才能あふれる三男オーランドー。
これらの登場人物を中心に、幾組もの恋人たちが織りなす恋愛喜劇。

シェイクスピアの喜劇時代の後半に書かれた作品で、道化の言葉のはしばしに出てくる皮肉な視点は、後の悲劇時代の作品に通じるものがあっておもしろい。

ただし、ロザリンドがアーデンの森でオーランドーと出会ってからも、かたくなに男のふりをする動機や、オーランドーの長兄オリヴァーの心情の変化など、心理面の描き方が希薄でいささか物語として展開が唐突な気がする。
劇の脚本として、そこは演出家任せと言えば、演出家まかせなのかもしれない。

おしむらくは、訳者の福田氏の解説にある通り、作者が時代を空けて加筆したからか作品の端々に明らかな矛盾の箇所があるところである。それが、全体としての作品の完成度を下げている気がしてならない。

女は女に化けている4
亡くなった騎士の末っ子、勇敢な青年オーランドーは父の遺言にそむき続ける長兄オリヴァーによって不遇な扱いをされていた。一方そのとき森に追放された公爵の娘ロザリンドは、フレデリック公爵の娘の従姉にあたるとともに唯一無二の親友であることから、かろうじて城内に住まわせてもらっていた。二人は、オーランドーが相撲で勝てないと目された相手を打ち負かしたときに出会ったのがきっかけに互いが互いに恋をするのだが、気ままなフレデリックの命によりロザリンドは追放され…。

原題「As you like it」でも知られる本作『お気に召すまま』は、お気楽な喜劇のようでいて、女性に関するある種の「真実」を伝えているようにも思える。ロザリンドはギャリミードという男性に化けてオーランドーの前に再び現れるのだけれど、オーランドーはそれに気づかない。あろうことか彼は、そのギャリミードに化けた「ロザリンド」に、ロザリンドへの片思いに対する指南を求め、あげくそのギャリミードに化けたロザリンドに、「ロザリンドのふり」をしてもらうのだ。

さらにその変装ギャリミードには、また別の女性が片思いしてしまう始末。このどたばた劇の結末がどうなるかは各自読んでもらいたいところだが、この作品はシェイクスピアが作り上げた単なる虚構と言うよりも、我々にとって普遍の状況を見せられているように思えてならない。つまり、「女性は女性そのものに化けているのではないか?」ということ。

訳も現代的でわかりやすいのだが、残念なのはこの作品、シェイクスピア作品の中でも歌のシーンが多い部類に入り、本という形態ではこの作品を思い残すことなく体験することはできないのだ。そんなことをここで愚痴ってもしかたないことではあるが…。