パルムの僧院〈下〉 (新潮文庫)
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商品の詳細
- Amazon.co.jp ランキング: #169251 / 本
- 発売日: 1951-03
- 版型: 文庫
- 435 ページ
エディターレビュー
内容(「BOOK」データベースより)
叔母のサンセヴェリーナ公爵夫人やその愛人で公国の宰相モスカ伯爵、クレリアらの助けでファブリスは脱獄に成功した。だが愛する人への想いに駆られ、自ら牢獄へ戻る。やがて政争の果てに新大公が誕生、放免されたファブリスは聖職者となるが…。恋に、政治に、宮廷に生きる人々の情熱的な姿を鮮やかに描き、ルネサンス期のイタリアを愛したスタンダールの晩年を代表する名作。
カスタマーレビュー
スタンダールの代表作
あの志賀直哉は、本書の主人公であるファブリスについて「なんだ、ただのグレン隊じゃないか」とバッサリ切り捨てたそうだが(三島由紀夫の文章読本から引用)、確かに前半は主人公の金持ち貴族の放蕩ぶりが描かれており、とても共感出来るものではない。また、ナポレオン崇拝から衝動的にワァテルローの戦いに飛び込んでいく姿も滑稽にしか映らない。しかし牢獄に入ってクレリアと恋に落ちてからは、徐々に共感できる人物に変わっていく。にもかかわらず、最後の方ではファブリスのエゴとも言える行為によって結局は悲劇的な結末を招いてしまう。最後の方の行動については読者によって賛否両論あると思われ、その意味でも是非読んでいただきたい。
一方、ヒロインであるクレリアは、控え目で清楚な令嬢として描かれており、非常に日本人受けするヒロイン像だと思うのだが、西洋人も実はこういう女性に惹かれるのかなーと思ったりした。そんなクレリアが、ファブリスを助けるために牢獄の塔を大胆にも駆け上って行く場面は圧巻であり、これをクライマックスにしてハッピーエンドの話に作り変えても良い位に思った。(のは、私だけ?)
本書は大岡昇平による名訳だが、1830年頃に書かれた古典なので、所々解りづらい記述もあり、特に宮廷での政治の駆け引きに関する事柄は解り難いのだが、ある程度は曖昧な理解のまま読み進めても問題なく読了出来ると思う。
情熱
後半は主にファブリスとクレリアの恋愛関係で、それぞれの自由と牢獄が隠喩的に描かれる。クレリアは思慮深いが、あえて虚栄、社交を嫌悪し、高い地位にあるが弱者への友愛に満ちた知的な聖女といった精神性だが、ファブリスに覚えた感覚的な感情、恋心が加わり、さらには嫉妬心が加わり揺れる。そして「憐憫」が足枷となりクレリアは素直になれない。彼女の臆病は悪か?他者への思いやりという聖母性がクレリアを、世間体という虚栄の裏返しがサンセヴェリナを、その情熱の道を塞ぐ。自由を愛するゆえに茨に邪魔をされ、好きだからこそ自身に嘘を付くのである。憐憫とは優越性の裏返しであり、自己犠牲の伴わない憐憫など正しくない。社会的、自身の精神的要因によって絡まった輪の中で素直になれない男女の姿、すれ違いの純情を長々とあえて描くことによって、情熱と共和という物を描く本作の意味が深まる。人個人の自尊心と社会の秩序とは内と外の両極であり、同じ性質の物でもある。自尊心は自分を司る内なる規則であり、秩序はその時々、場所毎の社会の規則である。どちらも普遍的な形は無い。虚栄心が入り込むとそれは自由と牢獄、才知による虚栄と郷愁の間でそれを模索するとも言える。宗教観が根付いている場所では、自尊心と宗教観も両極と言えよう。共和制と自由主義は個人にも全体にも素晴らしい枠組みであろうが、同じ物では無い。個人の責任という物が無ければ果てしなく乱れる。自由には責任が伴って初めて友愛となる。君主制に従って「犬」の様に階級と肩書きを崇め暮らす方が、時に不条理を伴ってもある意味で楽であり、猿の様に無政府主義で生きるのはもっと楽であるが、どちらも表裏一体の苦難も伴う。どれも完璧な状態が長続きはしない。人は極めて利己的であり、それが良い意味で感情の発露に繋がり「鳥」の様に羽ばたくが、それが低下すれば人は単純で怠け者になり年月と共に形骸化し「籠の鳥」となる。普遍的な理想は有り得ない。だがゼロが一番とは思うな。様々な物が混じり合い苦難苦行を伴い、思慮しながら人の世という器は移り行く。そうした器の中で、スタンダールは前編通じて書き方が皮肉的で嫌味で、最後も愛する人の気を惹きたい為だけに主人公が取る行動と苦悩が、キリスト教徒達の共和的な全社会的な人々の友愛と懺悟の精神を呼び起こし高めるという事になり、社会や倫理の障害を乗り越えて「純情」が起こす熱は絡み合う。しかし情熱は人間社会が作り出したとも言える因果応報の輪から抜け出せず、情熱の対称がいなくなれば、この世の牢獄からは、「そして誰もいなくなった」とする所もまた皮肉だが、秩序の鎖や自身への誤魔化しに覆われそうになろうとも、結果がどうなろうとも、この世では一時の夢とも言える決して牢獄に押し込める事の出来ない「情熱」を描いている所が個人的には好きだ。
無題
上巻を読み終えた時点で登場人物達の地位や彼らの置かれた環境がほとんどわからなかった。それにもかかわらず、途中で投げ出さず下巻へ読み進めることが出来た。なぜ上巻を読み終えた時点で理解できなかったのか、まず自分の集中が足りなかったという点が上げられるが、それよりも、この物語のスケールが大きく、主人公は至る所に現れ、至る所で事件や物語が紡がれる。そしてふと気がついたら数年経っているといったような疾走感溢れる進み具合いのせいもあるだろう。どちらが良い悪いという意味でなくこの小説のすぐ前に埴谷雄高の「死霊」を読んでいたせいもあるかもしれないが、とにかくあれよあれよという間にこの物語の中に引きずり込まれてしまった。





