商品の詳細
四度目の氷河期 (新潮文庫)

四度目の氷河期 (新潮文庫)
By 荻原 浩

価格: ¥ 820 1500円以上は送料無料 詳細

発送可能時期: 在庫あり。
販売、発送は Amazon.co.jp

18 新品/中古商品価格 ¥ 133

おすすめ度:

商品の詳細

  • Amazon.co.jp ランキング: #61316 / 本
  • 発売日: 2009-09-29
  • 版型: 文庫
  • 628 ページ

エディターレビュー

内容(「BOOK」データベースより)
小学五年生の夏休みは、秘密の夏だった。あの日、ぼくは母さんの書斎で(彼女は遺伝子研究者だ)、「死んだ」父親に関する重大なデータを発見した。彼は身長173cm、推定体重65kg、脳容量は約1400cc。そして何より、約1万年前の第四氷河期の過酷な時代を生き抜いていた―じゃあ、なぜぼくが今生きているのかって?これは、その謎が解けるまでの、17年と11ヶ月の、ぼくの物語だ。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
荻原 浩
1956(昭和31)年、埼玉県生れ。成城大学経済学部卒。広告制作会社勤務を経て、フリーのコピーライターに。’97(平成9)年『オロロ畑でつかまえて』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2005年『明日の記憶』で山本周五郎賞を受賞した(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


カスタマーレビュー

設定も凄いが、何はともあれ筆力が凄い5
単行本版のレビューで、さらに文庫版の帯にすら書かれているように、
大枠は「母子家庭に生まれた子が父を恋う」だけの小説である。
ただそれだけの小説に、クロマニョン的なエッセンスが加えられることで
なんと鮮やかな物語になっていることか!

物語自体はシベリアの雪原のように静かで、
普通の少年が友達を作り、なくし、恋をする、そんなおおむね普通の姿を描いたものである。
それにクロマニョンという意味不明な設定を加えることで、なぜか、
誰もが少しは経験するであろう青春時代特有の心のゆらぎが、
恐ろしく繊細な感触で読み手に伝わってくる。
私にとって、その感触こそが青春小説に最も必要なものである。
終盤の性急さも、それまでの数百ページで渉をいう人間の気質をわかった上で読めば
十分に納得のできるものだと思う。

人を選ぶとは思う。ドラマチックな青春を求めている人には合わないかもしれない。
ただ少なくとも私にとっては、穏やかながらも確かな読後感で胸がいっぱいになる
最高の青春小説でした。

つかみとった答え4
物語は、もうすぐ18歳をむかえるワタルが
博物館に陳列されている古代人に、「父さん」と呼びかけるところから幕あけます。
そしてワタル自身による、4歳の時からの回想としてつづられていきます。

物語は、ワタルの成長の軌跡をたどっていきます。
田舎の町で育ち、父親がいないことや外見的特徴、幼児期の問題行動から
「特別」扱いではじかれていたワタル。
夢中でうちこんだ陸上競技、友達、恋人。
男性ならきっと、自分の当時の思い出に重ねて読むんじゃないかと思う、
濃縮されたリアルな、一人の少年の成長が描かれています。

そんなワタルは、父親がいないことで、心に大きな穴があると感じています。
そして「死んだ」と聞かされている父親は、実はロシアにあるクロマニヨン人のミイラではないかと考えているのです。
というと奇想天外な子どもの想像のようですが、
ワタルの母親は遺伝子学者で、ミイラが発見された当時、ロシアにいたということが
彼の想像に科学的根拠を与えています。
ワタルの成長と、その青春の物語にひきこまれながらも
いちばん気になっていた「謎」は、彼の父親が本当にこのクロマニヨン人なのか、ということでした。
物語の終盤で、その謎は明らかにされるのですが
その答えを知ったワタルが乗り越え、つかんだ結果が力強い。
常に自分は何者かを問うていた少年が得た答えのさわやかさは、
一歩一歩を地道に歩み続けて彼が得た成果で
その「生きている感じ」が心に残りました。

欲を言えば、もっと“萩原節”があってもよかった3
荻原浩で、しかもこのタイトルからして、ちょっと前の就職氷河期の頃の、奮闘する女子大生の話かと思ったら、ぜんぜん違っていた。

‘ぼく’こと南山渉(みなみやまわたる)のおおむね4才から高校を卒業する18才手前までの、“自分探し”の物語である。

「ぼくは普通の子どもとは違う。」ワタルは、5才を過ぎて幼稚園に入園してから自覚しはじめる。最初は「おとなしく座っていることができない」程度だったが、成長するにつれて、他の子供に比べて身長が伸び、髪が茶色で、貌のほりが深くなり、足も速くなる。なにより、父親がいない。町では親子でよそ者扱いだ。そして、なんとワタル少年は、「ぼくはクロマニヨン人の子どもだ」と思い込んでしまう。

そこから先は、男子だったら多かれ少なかれ誰もが経験する、小学校から高校までの成長過程の物語が、例によって快調な“萩原節”で語られる。夏休みのトム・ソーヤばりの自然体験、第2次性徴によるカラダの変化、異性への目覚め、陸上競技に打ち込む青春、母の病気、そして“自分探し”の末に訪れる“ほんとうの父親探し”。

私はそのリーダビリティーにのせられて、一気呵成に読み進んでしまった。

本書は、他の萩原作品のような「何かに奮闘する」スタイルのお話ではないし、大きな転回はないが、読んでいて何かしらエネルギーを感じた。やっぱり萩原浩らしい、不思議と心温まる物語だった。欲を言えば、彼らしいユーモアがもっと随所に見られると良かった。