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方舟さくら丸 (新潮文庫)

方舟さくら丸 (新潮文庫)
By 安部 公房

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  • 発売日: 1990-10
  • 版型: 文庫
  • 379 ページ

エディターレビュー

内容(「BOOK」データベースより)
地下採石場跡の巨大な洞窟に、核シェルターの設備を造り上げた〈ぼく〉。「生きのびるための切符」を手に入れた三人の男女と〈ぼく〉との奇妙な共同生活が始まった。だが、洞窟に侵入者が現れた時、〈ぼく〉の計画は崩れ始める。その上、便器に片足を吸い込まれ、身動きがとれなくなってしまった〈ぼく〉は―。核時代の方舟に乗ることができる者は、誰と誰なのか?現代文学の金字塔。


カスタマーレビュー

1980年代の「飢餓同盟」5
 初期の作品と比べるとアイテム数が断然豊富で日本の経済的繁栄を如実に映していると思いました。
 核戦争を生き延びるための方舟という舞台設定も時代を映しているのですが、船長の切実さは作品全体をおおうところまでいっておらず、どこか子供の遊戯めいた雰囲気の中物語が進行します。
 侵入者のせいで夢、希望、計画がけっきょくはかなく裏切られ頓挫してしまうというのは安部公房のいつものパターン。数々の短編と「飢餓同盟」を連想しました。ただ方舟の目的自体が現実的であると同時に非現実感を伴なうものであるせいか、物語の結末は明確な絶望までには至っていません。希望を裏切る現実そのものが生気を失っていて半透明であるところが安部公房の新境地だった気がします。

核シェルターをめぐる心理戦5

  《豚》もしくは《もぐら》がぼくの綽名である。

すごくイメージが湧きやすい自己紹介だと思いませんか?
安部公房はこういうポップな表現が卓越していると思います。
ずば抜けた頭脳の持ち主で、その発想も奇抜。
なのに、まったく読者を拒絶していない。
そして、この『方舟さくら丸』は安部作品のなかでも、
特に没頭しやすい作品だと思います。

この作品で、主人公は、
自ら核シェルター設備を整えた、地下採石場跡の巨大な洞窟を住処とし、
それをノアの方舟にみたてて乗船適格者を探しているのですが、
徐々に他者によって聖域を侵されはじめます。
その過程が、会話文をふんだんに盛り込んで描写されており、
登場人物たちが、自身の腹の内を隠しながら他者の思惑を探る、
すごく人間臭いやりとりが面白くて、読み出すと止まりません。

ユープケッチャ。万能便器。オリンピック阻止同盟。
斬新な概念が最後まで尽きることなく溢れていて、
なぜだかニヤケながら読んでしまう。
奇想に心をくすぐられる、安部文学の入門書的小説です。

人間のむなしさ5
 安部氏の作品の特徴は、超現実的な設定を、あくまで現実的な迫力を持って描ききることにある。そういう意味では、本作品はシュールレアリズム的なツールは他の作品に比べ登場しないのだが、その分逆により我々の世界をより痛烈に描いているといえる。
 本作品の焦点は何といっても、地下の「方舟」とそこに集まる人間同士の関係性にあるのではないだろうか。「方舟」というタイトルは、かの有名な「ノアの方舟」を自然と想起させるが、ノアの乗船者は動物たちなのに対し、安部氏の描く方舟は人間同士が乗り合わせている。人間は集団でなければ生きられないが、集団であるがゆえにその内部の葛藤や混乱は避けられない。そこに人間という動物のアイロニーを感じさせる。
 ところで本書に登場する「ユープケッチャ」という虫は、自分の糞を餌にして生き続ける閉鎖体系の象徴である。人間のむなしさは、この虫のように生きられないことなのかもしれない。