海市 (新潮文庫)
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商品の詳細
- Amazon.co.jp ランキング: #373789 / 本
- 発売日: 1981-10
- 版型: 文庫
- 420 ページ
カスタマーレビュー
言葉で書かれた弦楽四重奏曲!
福永武彦は、常に斬新な小説技法を切り開き、しかも成功した人だった。作品に実験臭さはなく、スマートな出来映えだった。(同じような方法意識をもって執筆していた盟友の中村真一郎と比較すれば、一目瞭然です。中村真一郎は「四季」4部作で熟成するまで、本領を発揮できなかった。)中でも、この「海市」は、余人の真似のできない方法で書かれた作品です。この作品がなかったら、今日の村上春樹もいなかっただろうと、ちょっと大袈裟に言っておきましょうか。
もう少し、具体的に書きます。この作品は、主要な4人の登場人物の内部独白を短い断片に分け、連想の糸によって並び替え、つなぎ直されています。しかも、誰の独白か判らないように、わざと三人称の表示にされていたりして、慣れるまで大変かもしれません。しかし、作者にも何らかの意図があっての作品構成なのですから、ここは無心になって読み進めるのみです。すると、不思議なことに、バイオリンのテーマをヴィオラやチェロが受けて、変奏していく弦楽四重奏曲のような味わいがあることに気づきます。しかも、三人称表示の部分が、誰の心にも共通している部分のように感じられ、通奏低音のような役割を果たしていることに気づきます。読了後、メビウスの輪のように不思議な円環を閉じる、まるで生き物のような時間の流れを感じることができたら、多分最高の読書をされたことになると思います。
他のレビュアの方で、愛についての記述についていけないという感想がありましたが、それは、私にもよく解ります。でも、発言はあくまでも作中人物のものであり、作者のものではありません。福永さんは、作中の男性からちょっと距離をおくことがあるので、要注意です。
男たちが右往左往する様がよく描かれている
画家の息子として生まれ、自らも画家として確固たる自我のある作風を持ち、妻子を顧みることはない芸術家として生きることに矜持を持った主人公。片やミューズなのか単なる奔放な女性なのか分からない謎の女性・安見子。この二人が繰り広げる恋愛作品で、今読んでも非常にエロチックな作品だ。登場人物の設定や舞台となる風景、各章の語り手が入れ替わるところなど、かなり映像的だ。(映画やドラマ化はされていないようだが)主人公・安見子の性格設定はよく言えば無垢、悪く言えば曖昧で掴みきれない。存在そのものが海市(蜃気楼)のごとく、実は手に入らない物であったということで、男たちは振り回されるばかり。しかしそれだからこそ魅了されるのだという男たちが右往左往する様がよく描かれている。
愛につかれたあなたに
「妻のある画家・渋太吉は旅先の伊豆の南端の海村で蜃気楼のように現れた若い女性を愛しはじめる。渋はかつて一緒に死ぬ約束をした女性を裏切り、現在の妻とは離婚寸前の状況にある。やがて伊豆で逢った女性は親友の妻安見子であることが判明するが、渋の安見子への思慕はやみがたく肉体関係を続ける。恋愛のいつくかの相を捉えて、退廃と絶望の時代における愛の運命を追求する。」
「人間は意識的に生きているつもりでいる無意識的な存在なのだ。」・・・「お前がそれを忘れたとしたら、それはお前が無意識に忘れることを望んでいたからだ。」・・・この作品を読み返すたびに、「運命」や「偶然」といった単語だけでは説明できない、我々の無意識の深さとその結果が織りなす現実世界について改めて考えさせられる。
愛に疲れたあなたに、この一冊をぜひお勧めします。




