眼の壁 (新潮文庫)
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商品の詳細
- Amazon.co.jp ランキング: #100198 / 本
- 発売日: 1971-03
- 版型: 文庫
- 514 ページ
エディターレビュー
内容(「BOOK」データベースより)
白昼の銀行を舞台に、巧妙に仕組まれた三千万円の手形詐欺。責任を一身に負って自殺した会計課長の厚い信任を得ていた萩崎は、学生時代の友人である新聞記者の応援を得て必死に手がかりを探る。二人は事件の背後にうごめく巨大な組織悪に徒手空拳で立ち向うが、せっかくの手がかりは次々に消え去ってしまう…。複雑怪奇な現代社会の悪の実体をあばき、鬼気迫る追及が展開する。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
松本 清張
1909‐1992。福岡県小倉市(現・北九州市小倉北区)生れ。給仕、印刷工など種々の職を経て朝日新聞西部本社に入社。41歳で懸賞小説に応募、入選した『西郷札』が直木賞候補となり、1953(昭和28)年、『或る「小倉日記」伝』で芥川賞受賞。’58年の『点と線』は推理小説界に“社会派”の新風を生む。生涯を通じて旺盛な創作活動を展開し、その守備範囲は古代から現代まで多岐に亘った(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
カスタマーレビュー
清張ブームで日本を席巻した長編
現在、テレビドラマから火がついて「清張ブーム」が起こっているようだが、昭和30年代に初めて湧出した「清張ブーム」は今の比ではなかった。いわゆる本格的な「社会派推理もの」の登場! そのブームを起こしたふたつの長編が「点と線」であり、続く「眼の壁」であった。パクリ屋と呼ばれる犯罪者にだまされ、責めを負って自殺した上司から遺書として送られてきた書簡。それを手がかりに、義憤をおさえきれない主人公が、素人ながらも事件の本質をさぐり始める。おもに舞台は、岐阜県東部と長野県の木曾、ちょうど名古屋から走る中央線(鉄道)沿いの地方。パクリ屋、右翼、精神病院、政治家、いろんな絡みがあり、終末に至る描写は、まさに巻おくあたわざる面白さ。清張の最高傑作とはいえないけれども、清張作品を体験するに不可避の名作。
冒頭のつかみの巧さ、臨場感あふれる筆致の迫力は、さすが清張
手形詐欺に遭って自殺した上司の無念を晴らすために、詐欺事件を調べていく主人公・萩崎竜雄(はぎざき たつお)。事件に関わりがありそうな右翼のボスの動向を探り始めた辺りから、組織的な犯行の黒い闇が立ち現れてくるサスペンス小説。
事件の舞台に信州が選ばれていること、ひとりの民間人が組織的な謀略に負けずに事件を調査していくこと、事件に関わる美しい謎の女を主人公がかばうこと、こうしたところに、本作品のおよそ二年後に執筆される『影の地帯』との共通点を感じました。話に引きずり込まれるスリリングな迫力、犯罪の奥にひそむ闇の深さという点では、後年の『影の地帯』のほうが優っていた気がします。
リアルな描写に引き込まれた場面は、冒頭、会社の会計課長が三千万円の手形詐欺に遭い、責任を一身に背負って自殺するまでの件り。実際に現場に立ち会っているかのような臨場感がありましたね。読み手を話の中に引き込む作品のつかみの部分が、松本清張は実に巧い。本書でも、ぐいっと気持ちをつかまれました。
もう一点、印象に残ったのは、作品の重要人物が●●風呂に浸かって×××場面。かなり凄惨なこの件りを読みながら、江戸川乱歩あるいは山田風太郎の怪談色の濃い作品を思い浮かべました。清張先生、一体どんな顔してこのシーン(417頁・右側)を書いたんだろう。
1957年(昭和32年)、『点と線』と並行して執筆、連載された作品。
起伏に富んだストーリで、一気にクライマックスへ!
社会のゆがみと人間の思いが絡み合ってストーリーとなる。これが松本清張の真骨頂である。
手形詐欺で多額の損失を出し、責めを負って自殺した関野課長。彼を慕っていた部下の萩崎竜雄は事件の真相を求めて休職する。右翼のボス、事件記者、貧しい農村から出てきた青年たち、ミステリアスな美女などが入り乱れてストーリーは展開する。
背景となる風景も信州の山や三重県の田舎町などが描かれており、電車の時刻表も巧妙に組み込まれている。映画の原作としての良い条件も揃っている。
事件の真相が気になって一気に読んでしまった。
もしこの作品に欠点があるとすれば、あまりに盛り沢山の内容が文庫で400ページ程度の活字量では描ききれないということかもしれない。
例えば関野課長が巧妙な詐欺にあう場面などはページ数を十分に使っているので臨場感があり、登場人物の不安が追体験できるくらいだ。それに比べると、事件を起こした犯人たちは十分には描かれていない。松本清張は貧困などで社会的ハンディを負った者たちを描くときに筆が冴えるはずなので、残念である。
日本の小説は全般的にページ数が押さえられる。スティーブン・キングくらいの枚数が与えれたらこの作品はもっと精密で密度が濃いものになっただろう。ただしその場合には負担が大きくなるから読者は減ったかもしれない。





