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ジパング島発見記

ジパング島発見記
By 山本 兼一

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  • 発売日: 2009-07-03
  • 版型: 単行本
  • 304 ページ

エディターレビュー

内容紹介
16世紀、海の果ての日本の地を踏んだ7人の西洋人の目を通し、「日本が西洋文明に初めて出会ったとき」を描いた7編の短編連作。そのとき、日本はどう変わったか、そして変わらなかったのか…。
1543年、種子島に漂着したポルトガル人が持ってきたもの…「鉄砲を持ってきた男」。
大袈裟で陽気な西洋人ピントがみた日本…「ホラ吹きピント」。
イエズス会宣教師、フランシスコ・ザビエルのトラウマが日本の地でよみがえった…「ザビエルの耳鳴り」。
日本初の病院を建てた医師のアルメイダが己の弱さと向き合うとき…「アルメイダの悪魔祓い」。
膨大な記録『日本史』を後世に残したルイス・フロイスが「ノブナガ」の中に見たものは…「フロイスのインク壺」。
日本人に侮蔑の感情を抱きつつ、デウスの栄光を届けようとした宣教師…「カブラルの赤ワイン」。
天正遣欧少年使節団を派遣したヴァリニャーノの思惑はずれ続きの人生とは…「ヴァリニャーノの思惑」

内容(「BOOK」データベースより)
種子島に鉄炮を伝えた男ゼイモト、冒険商人ピント、イエズス会宣教師ザビエル、『日本史』を著したフロイス…。16世紀、日本にやってきた7人の西洋人の目を通して、「日本という国」を浮き彫りにする連作短篇集。西洋文化と接したことによって、日本は、どのように変わったのか。そして変わらなかったのか―。

著者について
1956年京都市生まれ。同志社大学文学部美学専攻卒業後、出版社勤務を経てフリーライターとして活躍。1999年「弾正の鷹」で小説NON短編時代小説賞佳作。2004年、『火天の城』で、第11回松本清張賞を受賞(直木賞候補に)、2006年『雷神の筒』刊行(集英社刊)、2009年1月、『利休にたずねよ』で第140回直木賞を受賞。


カスタマーレビュー

ジパングでの異文化接触:各人各様の思念と行動のおもしろさ4
ルイス・フロイスの記録文中の章句を、小説展開の黒子役にして、7つの小編がオムニバスにまとめられた小説である。ジパング島にたどり着いたヨウロッパ人7人の目と行動を通して、それぞれの立場・価値観・思惑で「ジパング島」が眺められ、語られている。
種子島に「鉄砲をもってきた男」フランシスコ・ゼイモト。一攫千金を狙う冒険商人「ホラ吹きピント」こと、メンデス・ピントのジパング島体験記。フランシスコ・ザビエルの日本滞在記。ルイス・アルメイダ修道士のブンゴでの慈善施設としての病院運営と狐憑きの悪魔払い談。ルイス・フロイス自身の見聞記録者としての生き方とジパング島観察記。フランシス・カブラル布教長の自文化中心主義によるジパング島での行動記。東インド巡察師アレッシャンドロ・ヴアリニャーノと信長との会見・日本人少年使節団のヨウロッパ派遣の思惑。
それぞれのジャポン島の眺め方の違いが、異国ジャポンに奥行きを与えている。南蛮人の立場からの日本との関わり、宗教と人間の欲望の関わり、の描写という視点に新鮮を感じた。

もっと自由を3
16世紀、戦国時代の日本、というよりもそれは中央集権に未だ至らぬ中世の日本であったが、その日本が最初に出会った西欧社会とは、ポルトガルをはじめとした大航海時代の西欧の冒険家達であった。
メキシコでの採掘が始まる以前、日本は世界でも最大の銀の産出国であった。西欧の冒険家、商人、かれらとほぼ同時にやって来たのはイエズス会の宣教師達であった。
この小説で取り上げられた7人の西欧人のうち6人はイエズス会の司祭、修道士らである。この6人、何れもよく名の知られた人物である。
ただ、小説であるからして、歴史的事実だけを羅列しても面白くも何ともない。しかもイエズス会の資料たるや、膨大なものがバチカンやローマのイエズス会本部には残っており、そしてその一部であろうが、松田毅一氏ら研究家による精緻な研究書、ド素人の私には読み切れないほどの多数の労作が出版されている。
イエズス会関係者の資料たるや、日本のマイナーな戦国武将のそれよりもよほど多いかもしれない。この分野を小説にする難しさはここにあると思う。小説家の想像力で歴史を捏造させてしまっては、確かにまずい。真面目に調べれば調べるほど、ついついこじんまりと萎縮したものとなってしまう。この作品のように。既知のことばかりである。
フロイスの日本史、これだけでもどれだけの膨大な歴史が語られていようか。フロイス、彼は信長を語る時に引き合いに出される歴史の重要証人であるが、同時に秀吉の伴天連追放令の経緯、現場にガスパール.コエリヨと共に関わり、立ち会った人物でもある。
日本におけるカトリックだけでなく西欧の文化、政治、外交、経済交流の浮き沈みに関わり、見守ってきた人物である。フロイスを語るためにはそのようなスケールの広い筆遣いが期待されよう。
小品集であるが、それでも何か消化しきれていない、勿体ないような、もっともっと、大海の彼方まで自由に羽ばたき筆を踊らせて欲しかった、そんな読後感を感じた。

残念ながら…3
著者の作品を読むのは、「利久にたずねよ」に続いて2冊目。
「利久に〜」の記憶が残っているうちに読むと、がっかりしそう。
連作短編のかたちなのだが、無理に取り上げる人物を西洋人に固定しない方が、まだしも物語世界が膨らんだんじゃないかと思う。
なんだか「こういう切り口で書いたら面白いんじゃないか?」という思い付きで書き始めたものの、思った程ネタがなく尻すぼみ…という印象を受ける。
(まさかネタが揃わないのに書き始めたなんて事は、ないんでしょうけど。)
題材に興味を持って読んだものの、新しい発見も、物語の楽しさも見い出せなかった。