裁きの家 (集英社文庫 み 1-1)
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商品の詳細
- Amazon.co.jp ランキング: #132222 / 本
- 発売日: 1977-01
- 版型: 文庫
- 326 ページ
エディターレビュー
出版社/著者からの内容紹介
エゴが衝突する重苦しい空気の漂う裁きの場―現代の家庭とは何なのか。札幌を舞台に、愛の絆を喪失した現代人の孤独な内奥と原罪をつき、家庭のあり方を問いかける話題作。(解説・佐古純一郎)
カスタマーレビュー
30年前の話ですが・・・
純粋すぎるがゆえに、いつでも自分の快楽や保身しか考えていない身勝手な両親に失望し、ほとんど他人と言葉を交わさず
ニヒリストを決め込む青年清彦に対し、主人公である叔母の優子の「話し合うことで他人とわかりあえる」という言葉に対する
清彦の「人間は、誰も相手の言うことなんか、聞こうとしてやしない」「対話と見せかけて結局は自分の言いたいことを押しつけ
てくるだけ」「対話なんてない、あるのはモノローグだけ、言葉の数だけ誤解も多くなる」と返すシーンがあるのですが、
この「対話のように見えて実はモノローグなだけ」というセリフが今も強く印象に残っています。
30年前の小説ですが、私はこれってむしろ今のインターネットを通じたコミュニケーションを連想させられました。
例えばブログならば、タイトルからして上記セリフよろしくモノローグ、つまり「ひとりごと」やら「つぶやき」といったものが目立ちます。
そしてそこには、もちろん全部が全部とは言いませんが、読み手の存在は全く意識されず、他人に対し何の配慮もなく言いたい
ことを言いたいままぶちまけただけの、エゴに満ちた言葉がここかしこに溢れています。
匿名掲示板にしても相手が受け取りやすいよう配慮された言葉のキャッチボールではなく、一見議論や対話に見えてただ一方
通行の言葉をぶつけ合うことに終始しているだけの光景は珍しくありませんし、そうした自分勝手に吐き捨てるだけの言葉が、
他人をいたずらに不快にさせたりひどく傷つけたりする現状はいま大きな社会問題にもなっています。
常に誰かが誰かを裁いている、そして家庭ですら、憩いの場、互いを理解し尊重し許し合う場ではなく、互いが互いを否定し合い
裁き合う自己主張の場と化してしまっているという本書の問題提起は、「自己主張(=自分のしたい放題に生きる)の果ては死
である」と説く著者の危惧とは裏腹に、現代においては自己主張の声を決して抑えようとしない個人のエゴがネットという場を得て
しまったことで、とどまることなく肥大化していっているようにすら思えます。
人間って恐ろしい
2つの平凡な家庭。しかし、その家庭にも影は潜んでいた。嫉妬、疑惑、反抗など人間が持ち合わせる影の部分がうごめき合い、ついに悲劇が訪れる。
最初はまるでお昼のメロドラマみたいな感じかと思いきや、最後にとんでもない結末になるところはさすが三浦綾子といったところでしょうか。しかし、登場人物に感情移入しくくて、あまり個人的には楽しめず、結末の恐ろしさだけが残ってしまいました。





