商品の詳細
憲法九条を世界遺産に (集英社新書)

憲法九条を世界遺産に (集英社新書)
By 太田 光, 中沢 新一

価格: ¥ 693 1500円以上は送料無料 詳細

発送可能時期: 在庫あり。
販売、発送は Amazon.co.jp

197 新品/中古商品価格 ¥ 1

おすすめ度:

商品の詳細

  • Amazon.co.jp ランキング: #84422 / 本
  • 発売日: 2006-08-12
  • 版型: 新書
  • 170 ページ

エディターレビュー

内容(「BOOK」データベースより)
実に、日本国憲法とは、一瞬の奇蹟であった。それは無邪気なまでに理想社会の具現を目指したアメリカ人と、敗戦からようやく立ち上がり二度と戦争を起こすまいと固く決意した日本人との、奇蹟の合作というべきものだったのだ。しかし今、日本国憲法、特に九条は次第にその輝きを奪われつつあるように見える。この奇蹟をいかにして遺すべきか、いかにして次世代に伝えていくべきか。お笑い芸人の意地にかけて、芸の中でそれを表現しようとする太田と、その方法論を歴史から引き出そうとする中沢の、稀に見る熱い対論。宮沢賢治を手がかりに交わされた二人の議論の行き着く先は…。

内容(「MARC」データベースより)
理想社会の具現を目指したアメリカ人と戦争を起こすまいと固く決意した日本人との奇蹟の合作、日本国憲法。特に9条は次第にその輝きを奪われつつある。この奇蹟をいかにして次世代に伝えていくべきかを問う、熱い対論。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
太田 光
1965年埼玉県生まれ。日本大学芸術学部中退。88年、大学同級生の田中裕二とお笑いコンビ「爆笑問題」結成。20006年、芸術選奨文部科学大臣賞受賞

中沢 新一
1950年山梨県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。多摩美術大学芸術人類学研究所所長・教授。小林秀雄賞など受賞多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


カスタマーレビュー

語り方は非常に面白い、が、論の正否ではやはり弱い、が、そもそもそれを重視して見えない4
薄い本だが非常に語り方、物の言い方、使われる表現、コメディアンならではの太田氏の独自の視点が面白いと感じた。あくまでお笑い芸人として政治にアプローチしたいと彼は言うが、同じことを芸術と政治の対比でも説明している。するとお笑い芸人とは一種の芸術家なのだなぁと気づかされる。そうすると所々芸術的なまでにキラリと光る表現や発想が散見されるのも納得できる。

取り上げられる話題も他の9条関係の本ではまず見られないようなものが多く(まず宮沢賢治の話から始まるという時点で珍しい)他に類のない個性的な本に仕上がっている。だから単なる「話としては」非常に「面白い」。よくも悪くも雑談的というか、太田氏個人の話が多く私的な匂いのある本だった。太田氏個人の話というのは例えば自分がお笑い芸人として政治にどう対していきたいか、という話や、武士を笑いものにして徹底的に茶化す、自分はそんな役をこの時代のこの日本で担いたい、といった自分個人の意志表明、自分の独自の美意識の話、これが中心になっていると感じた。それは何度も言うように聞いていて非常に面白いが、それで改憲の是非を決定できるかというとそういう緻密さや論理性は十分には備えてなく見えた。思えば論理的にどこまでもお硬く真っ向から憲法を論じるのは学者などには適任でもコメディアンに最適な仕事とは言いがたい。方針としてはこれでよかったのかもしれない。太田氏自身そう考えている節があり難しい言葉ばかりで憲法を論じるインテリを批判している箇所もある。

この意味でもとことん本書は物事の是非や善悪、白黒から遠く離れたところにある。意図的にずれて、ずれたところからものを言っている。私は所々本書を褒めたが物事の是非、善悪という観点だけで見れば本書は穴だらけだと思う。そもそも不合理な物言い、あまりに美学的な話が多すぎる。例えば憲法九条は偶然に奇跡のように突然変異で出来上がった珍品であると言う。だから大事にしよう、だから世界遺産として守っていこう。何故なら珍しいから。太田氏の9条を世界遺産に、という論の核はこんなものであると思う。あるいは73頁で言われるように「僕らお笑いの人間は面白いかつまらないかを判断基準にしてます」「お笑いの基準で言えば9条を持っている日本の方が絶対面白いと思う」こういう9条擁護もされる。こういう物言いは「面白い」と思う。だがそれで改憲を断固拒否され、まともな自衛も出来ないとするのはしかもそういう面白さと理想論に、コロされたくない多くの人達を無条件に巻き込むというのは、到底納得のいくものではないとも思う。9条の存在が現実的な自衛に関して非常な問題を起こす事は彼らも認めている。認めているなら、尚更「面白い」だの「美しい」だの「珍しい」だのという理由でそういう危険、生命の危険にまで全国民を強制的に曝すという事、そんな主張を自分達がしているという事にはもっと自覚的になる必要がある。その意味では太田氏の話は面白くはあっても、政治的道徳的観点からはやはり説得力や正当性に難がある。

加えて別の反論も出来る。私は一貫して太田氏の話は話としては非常に面白いと褒めてきたが褒めない事も出来る。9条があった方が面白いと確信できると太田氏は断言し、私もいくらか頷くところもあるが、これに「全く面白くないよ」と言う事は容易い。彼らは別の箇所では9条のように素敵な遺産、理想を守るためにはコロされる覚悟もしなければならないなどと言ってしまっているが、9条を守るためにそんな目に遭うのが全く面白くないと言う人は少なくないだろう。そういう観点から言えば、9条を持つ日本は面白くすらないとも言える。

ただやっぱり読んでいると太田氏らは物事の是非をあまり真面目に問題にしていない。彼らが本書でやっている事は護憲が絶対的に正しいのだという事を説得的に論証するようなものではなく真面目さや絶対主義、意見の多数性をなくした一色の流れに対する冷や水と受け取るのが一番正しそうかもしれない。その是非はともかくとして(その是非は冷や水を浴びせる対象によると思う)それをしようとする動機やそれをする意味くらいはそれなりに分かる。

コンキチ&ナターシャの絵本ナビ2
中沢新一という胡散臭い左翼思想家の言う、インド人はけんかはしない
決して殴り合いはしないという嘘、私がインド旅行した時なんて、うんざり
するほどけんかを見たし、だいたいインドで殺人事件がないなんて話聞いた
こともない、そして一番頭にくるのが宮沢賢治が天皇を中心とした国体主義に
傾倒していったことが作品の平和主義的な感性と相容れないという発想・・・
私は賢治の作品は全作読んでいますが初期の作品の中には平和主義的な
未熟な部分もありましたが彼を語るときむしろ正義や「グスコーブドリの伝記」
にあるような自らの犠牲によって民衆を助けるという、彼が持っていた思想と
重なる作品の方がはるかに多いのです。宮沢賢治を平和憲法の手先のように
扱うことが許せないと感じました、この本は単に憲法を題材にした左翼漫才に
すぎないくだらない作品だと感じました、大田光という稀有な才能もなぜか
平和という言葉には目が曇るのだということを実感した本でした。

世界遺産‥つまり、現代では役に立たない、ってこと?1
 中沢新一ってこんなイイカゲンな人だとは思わなかった、というのが偽らざるところ。
「仏教の修道僧」っていう言い方があるかどうか知らないが、それと「修道院」と一緒にしていて、
修道院の修道僧は労働もしないで思索にふけっている。‥なんて平気で言っている。
 チベットの修道僧はどうだか知らないが、修道院はカトリックだし、修道僧は自給自足で、労働に
従事している、はずだ。昔の「汚れなき悪戯」でもそうだった。ワタシ、間違ってます?
 中沢さんは「宗教学に志した」そうだが‥、ホントかね。
 また、「武士」と「山伏し」「野伏し」とを一緒くたにブシとして、今様を謡ったりする芸人の仲間‥と
言っているのも随分乱暴な話だ。
 その頃は後代よりもっと「武士」と単に刀で武装した「野伏せり」とは峻別されていたはず。
「いいものというのは、たいがい合作でできたものだ‥」というのも学者にあるまじき、乱暴さだ。
 太田光は芸人だし、面白いことをいうのは使命だからいいけど、学者がそれにのってイイカゲンな放談を
していてはいけないのじゃないかな。
 それより逆に、太田の方がよっぽど鋭いことを言っているのに気がつく。
 中沢さんは「九条を守り戦争に巻き込まれた時、犠牲が発生するかもしれないが、僕は犠牲を受け入れたい。
覚悟をもって価値というものを守りたい」と仰っているが、勢いで言っているだけでしょうね、きっと。
 つまり、まとめれば突込みどころが満載のイイカゲンな言いっ放しの本だとしか、言いようがない。
 売れる理由がわからない。