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『正法眼蔵』を読む 存在するとはどういうことか (講談社選書メチエ)

『正法眼蔵』を読む 存在するとはどういうことか (講談社選書メチエ)
By 南 直哉

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  • 発売日: 2008-07-11
  • 版型: 単行本
  • 334 ページ

エディターレビュー

内容紹介
超難解仏教書をまったく新しい角度から読む われわれはどのように存在しているのか。ヨーロッパ現代思想も凌駕する画期的思想書に気鋭の禅僧が己の実在を賭けて挑む。現代人のための入門書にして決定版。

内容(「BOOK」データベースより)
われわれはどのように存在しているのか―人間存在根本の問いに『眼蔵』はいかに答えるか。ヨーロッパ現代思想も凌駕する画期的思想書に気鋭の禅僧が己の実在を賭けて挑む、現代人のための入門書にして決定版。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
南 直哉
1958年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1984年曹洞宗において出家得度、大本山永平寺入門。現在、福井県霊泉寺住職・青森県恐山院代(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


カスタマーレビュー

ありそうでなかった視点4
今まで仏教書はそれなりに読みこんできたが、ありそうでなかった「『眼蔵』を縁起のネットワークとして読む」というもの。

他のレビューでも書かれていたが、南氏の文体は思索的でまるで、哲学書を思わせる、やや硬いものだ。

それでも本書は、ペシミスティックで厳しい仏教観をまといつつ、今までの通俗的な眼蔵解釈を退ける説得力を持っている。

好みは分かれると思うが、仏教好き、道元好き、瞑想好きなら読んでみてはいかがだろうか。

玄侑氏との対談なども読んでみたくなった。

縁起覚書4
著者は、現象/本質二元論である本質(仏性、悟り、見性)の導入を嫌い「縁起」という切り口により正法眼蔵を解析している。
「縁起」はインド仏教のキーワードである。
「縁起」と言っても、著者のそれは「繋がり」でなく「裂開」である。
いつ、どこでも差異(矛盾的依存関係)によりあらゆるものが生成する。
だが、これは華厳の考えと言っていい。
構成的にはインド仏教は演繹的、東アジア仏教は帰納的と言える。そして、それは表裏一体のものである。

具体例が解り易い。
座禅箴の巻から
水清徹地兮 魚行似魚
魚が泳ぐとき、はじめて水は「現成」し、そこに世界が「現成」する。
水を泳ぐことで、魚は魚として生成してくる。初めから魚なのではない。
泳ぐことで魚になる。それが似るということである。
空闊透天兮 鳥飛如鳥
についても同じ
ここで「似」「如」とは「縁起」「無常」「仮象」と同じ。本質の否定である。

次に、「有時」の巻から
「現成」とは「行為」により実体世界を「脱落」させて縁起世界に入る。
「有時」は縁起世界である。
「而今」は前後の秩序を持たない。過去・現在・未来の構造を持たない。
だから、「生」が「死」に変化するものではない。
「有時」の体験である「而今」に於いて「経歴」がある。
美しい説明である。