商品の詳細
わたくし率イン歯ー、または世界

わたくし率イン歯ー、または世界
By 川上 未映子

価格: ¥ 1,365 1500円以上は送料無料 詳細

発送可能時期: 在庫あり。
販売、発送は Amazon.co.jp

10 新品/中古商品価格 ¥ 723

おすすめ度:

商品の詳細

  • Amazon.co.jp ランキング: #54457 / 本
  • 発売日: 2007-07
  • 版型: 単行本
  • 133 ページ

エディターレビュー

内容(「BOOK」データベースより)
デビューと同時に激しめに絶賛された文筆歌手が魅せまくる、かくも鮮やかな言葉の奔流!リズムの応酬!問いの炸裂!“わたし”と“私”と“歯”をめぐる疾風怒涛のなんやかや!とにかく衝撃の、処女作。第137回芥川賞候補作。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
川上 未映子
文筆歌手。1976年、大阪府生まれ。2004年、アルバム「夢みる機械」を、2005年「頭の中と世界の結婚」を、ビクターエンタテインメントより発表。2006年、随筆集「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」をヒヨコ舎より刊行。作品に「先端で、さすわさされるわそらええわ」、「少女はおしっこの不安を爆破、心はあせるわ」、「彼女は四時の性交にうっとり、うっとりよ」などがあり、2007年、処女小説「わたくし率イン歯ー、または世界」を発表(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


カスタマーレビュー

新しい日本文学の曙光4
 歯科助手として働く語り手が、わたしとは奥歯であるという信念(というほどでもないが)のもと、青木なる恋人にせっせと恋文を書いたり、未来の子供に「お母さんは」と言って手紙を書いたりしながら、大阪弁の地の文で怒涛の展開を見せるという小説。言葉のスピード感は、芥川賞選評で山田詠美が言っていたように、面白いものがあり、個人的にはネタばれしている『アサッテの人』よりも小説として面白く読んだ。とくに、喧嘩したら、奥歯(つまり「わたくし」)を見せ合って、それで仲直りするという約束というか物語を作る、というモチーフをもっと掘り下げていければ面白かったように思う。

 残念なことに、小説は、語り手の青木に対する思いが一方的な妄想であり、それが青木ととくにその恋人の強烈なミナミ訛りの大阪弁によって暴露されていくという展開をとる。小説の主題は、そこでいじめとその苦痛というテーマになり、語り手は幼少期からずっといじめられ(歯科医院でもいじめられている)、中学で青木に『雪国』の「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった」には主語がないという言葉に感動して、苦痛を超越した主体のない(「わたしく率ゼロの」)境地を目指すことを気づくのだが、奥歯が「わたし」だというのも、語り手は虫歯になったことがなく、歯痛というものを経験したことがないので、唯一苦痛を感じない奥歯を「わたし」とし、そこに苦痛を集めることで、苦痛を耐え忍ぶためだったのである。

 この苦痛を集めた奥歯は抜かれる。小説はこうして西田幾多郎的純粋経験の世界を志向して終わってしまう。このエンディングはある意味ネタばれしていて、この小説の言葉の力を縮減しているが、さらに最後にでてくる「無歯症」(永久歯が生えない病気)かもしれない子供のエピソードが、「わたし」の欠如した、つまりは痛みを感じる主体を書いた世代の登場を微妙に予言しているようで、この純粋経験への言及を相対化しているようにも見える。つまり「わたくし率ゼロ」で奥歯のない存在が、この作者によって肯定されているのか否定されているのかは宙づりになっているのだ。

 川上未映子は興味深い作家である。もうすこし思想的な深化をみせ、モチーフを丁寧に展開する技量をみがけば、彼女のもっている言葉の力は充実した作品となって結実するように思われる。いずれにしても新しい日本文学の曙光を感じさせる作家である。

不思議な感覚に浸れます5
なんとも不思議な読後感だった。一息ついてストーリーを追い直してみる。統合失調症患者の妄想のような一見、支離滅裂な話が続く。自分の奥歯に自我があると「決めた」女が、まだ宿してもいない自分の子どもと中学時代に「自分が知りたい秘密」を教えてくれた男の子へ向けて手紙を書く。その内容は正しく妄想そのもの。しかし、この本のテーマである、わたし、自己意識、自我についての考えは実に深い。哲学の独我論にも通じる。アルバイト先の歯医者でも妄想が続くが、これは自らの影を見ていると思える。そこへ実物のその男が患者としてやってくる。女は男をアパートへ訪ね、怒涛のわたくし論をブっぱなし「奥歯(男の自我)ちょうだい」とたたみかける。それに対峙する男の部屋から出てきた女が、読んでいて笑えるまでに痛快な現実を突きつける。これがクライマックス。後半の展開も興味深い。奥歯を麻酔なしで抜きながら頭に浮かぶのは過去に受けた陰湿ないじめの光景か。最後の3ページには、すべての始まりを予感させるエピソードがこの部分だけは全く普通の文体で書かれている。このリズムはハマる。人物の心を生々しく描写する著者の力はすごい。
もう一つの「感じる専門家 採用試験」での、妊婦の葛藤の描写も妙にリアルで素晴らしい。子どもを生んだことはないだろうに。
「乳と卵」も是非読みたい。


お口の中と世界の結婚4
そこに存在する人の、他の誰とも代わり得ない「たったひとつのそこにある視力」。作中、この「視力」は「痛み」と並んで、私はどこまでも私、という自同律の象徴。人の顔は毎日露出しているから大事な所が薄れるのかも、という語り手の疑惑は、奥歯への執着に導かれる。普段は眼差しから隠されているが、口を開け、鏡に映して自分で見るなり、他人に見せるなり出来る、奥歯。彼女が歯科の前に化粧品売り場で働いていた話は、女性性という角度から、他者の「視力」と存在認知の関係を匂わせるし、カタストロフ的場面で彼女が、自らは無頓着でいた容姿を「ブス」と批難される必然性にも繋がる。
歯は、開いた口から現れるという点で、言語を連想するし、呑み込む器官、口は、世界と他人を呑み込む点で、自意識に似ている。冒頭での語り手と歯科医の遣り取りは、自意識の奥の言語を取り出して治療する、精神分析のよう。作中、歯が「印象」と呼ばれる型でコピーされる存在である事が語られるのも、実は歯すら確固とした<私>の所在地たり得ない、表層に過ぎない事を暗示しているように感じる。だが、一人称の、わたくし率100%で突っ走った表題作が、三人称へ、つまり主語を持たぬ語りへ移る場面は、歯の「無い」を浮かび上がらせる「印象」も、オリジナルたる歯が最初から不在ならば単なる無でしかあり得ない不安をも示している。
『雪国』冒頭の文章には主語が無い、という話や、その事態を表す「純粋経験」という言葉は、永井均『西田幾多郎 <絶対無>とは何か』が念頭にあった筈。

真っ赤な表紙が挟む白いページが、歯茎の間の歯のように見える装丁は、紙のツルツル感と光沢も手伝って、本が入れ歯に見え、幻覚的。白いカバーが少し小さめで、赤い表紙をチラ見せしていたり、ミニマルだが細かい演出が利いている。