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「責任」ってなに? (講談社現代新書)

「責任」ってなに? (講談社現代新書)
By 大庭 健

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  • 発売日: 2005-12-17
  • 版型: 新書
  • 264 ページ

エディターレビュー

内容説明
「責任がある」とはどういうことなのか? 責任という概念は暖味かつ多層的である。その成立条件から国家・国民としての責任まで、倫理学者が真摯に問い直し、日本を覆う「構造的無責任」の源泉を明かす。

内容(「BOOK」データベースより)
私は悪くない。与えられた「役割」を果たしただけ。歯車だから。ああするしかなかった。「ほんとうの自分」は違うんだ。―これ、どこかおかしくないか。

内容(「MARC」データベースより)
私は悪くない。与えられた「役割」を果たしただけ。「ほんとうの自分」は違うんだ…。これ、どこかおかしくないか? 「責任と自由」「自分と社会」などのテーマを哲学的に分析、日本を覆う「構造的無責任」の源泉を明かす。


カスタマーレビュー

倫理学から現実問題へ向かうことの困難4
 同じ著者の前著『私はどうして私なのか』は、永井均の「独我論」批判に足を取られすぎていまいちでしたが、今回の新書では永井均批判は最小限にとどめていて全体的にまとまっています。アンスコム流の「原因」と「理由」の区別から、人間同士の呼応関係における責任(「あのとき別に行動できたのではないか?」)を説き起こす議論はそれなりに説得力があります。また、上下関係や同調圧力の強い組織の中で、命令とモラルの狭間に立たされた個人が「自分の役割を果たしただけ」という形で責任逃れをする、「本当の自分」と「立場」を分離させる形での解離的な責任逃れがはびこっているというのもそうなのでしょう。
 そして、この本はさらにそうした理論をもとに国家の戦争責任などの具体的な責任の分析に入ります。いままでの大庭健の本では、こういった大庭健の左翼的立場からなされる発言は、(注)やあとがきにあって、本文できちんと語られることは少なかったのですが、この本ではそこのところを一歩踏み出しています。
 ただ、そこでの議論の運びにはちょっと納得できないところも多いです。著者は、集団も個人と同じ責任を負う主体であるとするのですが、この集団の過去の行為についての責任の場合、「あのとき別に行動できたのではないか?」という理論は成り立たなくなってしまうのではないでしょうか?つまり、日本の戦争犯罪について、戦争当時生まれていなかった人が「あのとき別に行動できたのではないか?」と自己に問うことは無意味であり、こういった集団の責任についてはまた別の理論が必要なのではないでしょうか?
 倫理学から現実問題へと向かうことの困難を考えさせる本です。

倫理学者のナイーブさ2
 他の論者も書かれていることだが、戦争責任云々の議論がかなり弱いように思われる。責任を「応答-可能性(resonse-ability)」と解釈するというのは、元来デリダやレヴィナスのようなユダヤ系思想家に由来する方向性であり、日本でも高橋哲哉などでおなじみの概念ではある。しかし、唯一神の呼びかけに個人が真摯に耳を傾けている様がそもそものモデルになっている彼らユダヤ教系の「責任」概念と、日本で現実に対外的に問題になっている戦争責任の問題とを安易に接続して論じるのはかなり無理があるように思われる。
 というのも、前者の場合にはいわば神と人間との「二体問題」でしかなく、責任の所在も自明であるのに対し、後者の場合、リニアな因果関係が必ずしも明確ではなく、様々な要因が複雑にからみあった「多体問題」であり、そもそもどこに責任があるかからして必ずしも自明ではないからである。大庭がよく引くフランクファートやクリプキの議論なども、せいぜい個人レヴェルでしか妥当ではなく、これが歴史的な責任問題とどう整合的に連なるのか全く説得力がない。
 責任について倫理学者・哲学者達が取り扱えるのは、残念ながらせいぜい個人レベルどまりだと思われる。例えば中国共産党は、戦争が終わって60年経った今も、日本の「戦争責任」を新たに「産出」し続けることで外交的発言力を確保ないし増大させていることは誰でも知っているだろうが、現実の政治においてはまさに責任とは現在進行形の形で生み出されているものなのだ。こうした事態に対し(高橋の『靖国問題』もそうだったが)、哲学者達の問題意識はややナイーブな気がしてしまうのだがどうだろうか。

結局なにもヒントはなし1
レスポンシビリティ=応答可能性
みたいな話で煙に巻かれた感じです。
立派な軍人さんと、A級戦犯とか政府の責任とか例が出てくるが、どれもピンと来ない。筆者自身の主張する”責任”という概念が、どうして後半の他人への批判につながっているのかが分からない。前半の哲学的、倫理学的考察もまるっきり分からない。私の頭が悪いのか、どこか大切な章が、自分の購入した本からは抜け落ちているのか?
現在言われている、自己責任とか製造物責任とか戦争責任とかの卑近な例を挙げて、明快に責任の所在が分かると思ったのが甘かった。
タイトルもずるい!