グラスホッパー (角川文庫)
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商品の詳細
- Amazon.co.jp ランキング: #7858 / 本
- 発売日: 2007-06
- 版型: 文庫
- 345 ページ
エディターレビュー
内容(「BOOK」データベースより)
「復讐を横取りされた。嘘?」元教師の鈴木は、妻を殺した男が車に轢かれる瞬間を目撃する。どうやら「押し屋」と呼ばれる殺し屋の仕業らしい。鈴木は正体を探るため、彼の後を追う。一方、自殺専門の殺し屋・鯨、ナイフ使いの若者・蝉も「押し屋」を追い始める。それぞれの思惑のもとに―「鈴木」「鯨」「蝉」、三人の思いが交錯するとき、物語は唸りをあげて動き出す。疾走感溢れる筆致で綴られた、分類不能の「殺し屋」小説。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
伊坂 幸太郎
1971年千葉県生まれ。95年東北大学法学部卒業。2000年『オーデュボンの祈り』で第5回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞しデビュー。『アヒルと鴨のコインロッカー』で第25回吉川英治文学新人賞、短編「死神の精度」で第57回日本推理作家協会賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
カスタマーレビュー
伊坂さんワールド
半年ほど前に初めて伊坂さんの本を読んでからファンになり、この本も伊坂幸太郎が書いてるから、と即購入しました
話の内容は、自分の妻を殺した相手に復讐するつもりが横取りされてしまった男、鈴木を主人格として、その人を含む3人の男の視点で書かれています
語り手が複数いると話が混ざりやすいのですが、語り手が変わるところに語り手の名前の判子をモチーフにしたマークがあったので、切り替えがスムーズに出来ました
また、その3人に関わる登場人物も他の小説に比べて多かったのですが、その一人一人のキャラクターがしっかりしていて個性豊かだったので楽しかったです
伊坂さんならではの入り組んだ人間関係や登場人物の表現、綿密に練りこまれたヒントはそのままです
「あの登場人物はそういう役目だったのか!」など、読み進める毎に滲み出てくる全体像に先へ先へと止まらなくなる魅力がありました
暴力シーンなど少しだけグロテスクな表現がある部分もありましたが、上手くカバーというかそれを上回るものが別にあるので、読後はやはり穏やかな気分で終わることができました
気持ちよかった。
伊坂さんの小説を読み始めて日が浅いですが、文章にとても味があり、読みやすいです。
私は「グラスホッパー」が2冊目で、1冊目が「重力ピエロ」でしたが、この2冊だけで伊坂さんの文章に侵されてしまいました。
伊坂さんの文章は、思想家の著書を読んでいる気分になります。
登場人物それぞれが、何かしらの「信念」というか「心の柱」を持っていて、会話の端々……どころか前面にそれを押し出してきます。
この作品ではそれは亡き妻の言葉であったり、自分自身に課した取り決めであったり、しじみであったり、ロック歌手であったり、ロシアの有名小説であったりします。
けれど文章自体はゴタゴタしていなく、軽妙な会話や地の文のおかげで非常に読みやすい。エンターテインメント・娯楽として楽しむとしては確かに「重い」「くどい」感がありますが、文学作品として読むにはとっつきやすいです。
またエンターテインメントとしてみても、私は十分に楽しめるレベルにあると思います。登場人物の視点が頻繁に変わりますが、3人称だし、視点の切り替えが起きるときには文章間に人物名の判子が捺印(?)されているので混乱することはありません。
視点の切り替えによるトリックなどのサプライズ的な要素は薄いですが、それぞれ別境遇にいる登場人物達が徐々に近づき始める様子は、「この先どうなるのか」という楽しみを否応なく演出してくれます。
また先も述べたように登場人物全員が何かしらの信念を持っているので、キャラクターとしても非常に魅力的です。
文学作品とエンターテインメント、この二つを高い水準で融合した作品。これが、私の感想でした。
あと個人的に、渋いおじさんが多すぎて悶絶ものでした。生き方に筋の通った渋い野郎が好きな人にも楽しめるかと(笑)。
追いかけっこ
殺し屋同士の追いかけっこに普通の人が自ら飛び込んでしまってドタバタ・・・という物語。
伊坂氏のテーマはだいたい同じなのにいつも深さも味わえたのですが、本作に限ってはとっても平坦。
それぞれのキャラクターに語らせるキーフレーズもイマイチ光らず単なる追いかけっこに終始している。
ただ、妻の復讐を果たすため組織に潜り込んだがために大変な目に合う主人公が度々死んだ妻に向けて使う言葉「僕は結構頑張ってるんじゃないかな」は胸に迫るものがある。
普通「頑張っている」という言葉は自分以外の誰かに使う言葉だ(最近は自分に向けて言い過ぎる人が多い気もするが・・・)
それをあえて妻に幾度も幾度も問いかけている姿は、心の通い合ったものにしか許されない儀式のように見えてとても素敵でした。





