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ナショナリズムという迷宮―ラスプーチンかく語りき

ナショナリズムという迷宮―ラスプーチンかく語りき
By 佐藤 優, 魚住 昭

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  • Amazon.co.jp ランキング: #261648 / 本
  • 発売日: 2006-12
  • 版型: 単行本
  • 253 ページ

エディターレビュー

出版社 / 著者からの内容紹介
『国家の罠』をはじめ、ベストセラーを連発するあの佐藤優と、『差別と権力』などの話題作で名高いジャーナリスト魚住昭が、日本社会の現状を語り尽くす。ナショナリズム、ファシズム、ポピュリズム。思想と現実の両面から日本現代史を解き明かすこう読み物。思想・哲学・思想に通暁する博覧強記の佐藤優と、長い取材執筆経験をもとに、日本の現実を知り尽くす魚住昭との間の白熱の対話。

内容(「BOOK」データベースより)
国家とは何か、民族とは何か、宗教とは何か、過去と現在、思想と現実。あの佐藤優と、魚住昭による、知的刺激に満ちた世界。

内容(「MARC」データベースより)
起訴休職中の外務事務官・佐藤優と、「野中広務差別と権力」などの話題作で名高いジャーナリスト・魚住昭。国家や民族に対するスタンスが違う2人がその相違点を話し合い、新たなケミストリーから日本社会の現状を語り尽くす。


カスタマーレビュー

インテリのありかたについて5
『獄中記』に詳しいように、独房での読書生活でさらに磨きをかけた佐藤氏の鋭利な知性は本書でも存分に発揮されているが、他の佐藤氏の著作に比べてやや踏み込みに欠ける印象を持った。
もちろんナショナリズムそのものは、神学、外交といった彼の専門領域ではないので、テーマ設定そのものに冒険があるのだろうが、魚住氏と佐藤氏の思想的、教養的なバックグラウンドにやや距離があることにも原因があろう。
それにより、佐藤氏が思想家の思想や基本的な歴史概念を魚住氏に紹介・解説するという部分が増え、そこから踏み込んだ批評や佐藤氏の鋭利な洞察が十分な紙面を割いて展開されていない気がする。ただ、難解な思想を平易に説明できることも佐藤氏の知性の大きな特徴であるので、知識の量に関わらず楽しむことができ、さらに蓑田対丸山のインテリ論など、刺激的な議論が続く本書は、一読の価値は十分にある。
佐藤氏は日本の言論界で極めてユニークなポジションにおり、現代の知識人のあり方を問うていると思う。彼の旺盛な好奇心が続く限り、様々なテーマで執筆・発言してもらいたい。

右と左とか関係ない立ち位置からの視点4
佐藤さんと魚住さんの対談を通して、ファシズム、ナショナリズムを紐解く。小泉政権をファシズム前夜とし、小泉氏に「やさしさ」があればファシズムが完成していたと説く。
佐藤「ファシズムって定義しづらいものなんです。後から振り返ってみて、ああ、あれが、ファシズムだったんだなと。そういうものだと思います。言い換えれば、その渦中にいる当事者には気づきづらいものであります。しかもファシズムを定義しようとすれば必ずその定義からこぼれてしまうものであって、それが重要な要素だったりするのです。
「32年テーゼの亡霊がいまも日本の知識人を束縛しているように私にはみえるのです。確かに丸山真男に代表される知識人は、封建社会の地獄絵は見せてくれました。中略 しかし、その先に待っている世の中までは見せてくれなかった。その果てを垣間見せてくれたのが小泉さんでしたね。五年半の小泉政権が新自由主義を推し進めてくれたおかげで、徹底した個の自立の先の、弱肉強食、優勝劣敗がもたらす地獄絵に気付かせてくれました。逆説的ですが、その意味で小泉さんは「日本が特殊な社会である」というわれわれの思想の輪郭をはっきりさせることができた、とても優れた”対抗思想”の持ち主だったと思います。

立花さんの「天皇と東大」(下)に出てくる天皇機関論を徹底的に叩く蓑田胸喜に対する評価も立花さんとは若干違って興味深い。メディアを使ったナショナリズムと言う文脈で。

佐藤さんは宗教の専門家とばかり思っていましたが、思想や国家論まで説いてしまう論客なんですね。さらにその立ち位置が非常に中立のように思います。

すべては疑いうる4
佐藤優は真性のインテリである。評者は、サルトルに匹敵するような知性を彼に見る。サルトルが、ある時期から揶揄の対象になったということはここでは関知しない。評者はサルトルの知性を20世紀最高のものと考えている。
本書は冒頭の「思想とは何か」を問う言説だけでも価値は高い。
思想とは、例えばこうしてウェブ上でごちゃごちゃつまらぬことを書き散らしているその行為の意味を疑いもしないという、無意識的な現実肯定そのもののことである。『ウェブ進化論』を無条件に信じること、それが思想というものだ。佐藤はこの韜晦気味の言い方を、もっとシンプルにもっと分かりやすくやっている。そして、ジャーナリズムやアカデミズムが、いかにも「思想的な活動」として自他共に認めている当のものは、「対抗思想」というものなのだ。佐藤のスタンスを一言で言えば、「すべては疑いうる」という輝かしい標語が相応しい。この指摘には、ほとんど『ドイツ・イデオロギー』を読んで以来のオドロキを抱いた。これほど、人間の社会や意識や言語を闡明する言葉は稀有なのではないか。
もうひとつ、少し驚いたのは対談相手の魚住昭の謙虚さである。ジャーナリストとしてトップに位置する魚住が、何の衒いもなく虚心に佐藤の話に耳を傾けている。この率直さ、無私の精神には改めて尊敬の念を抱いた。