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交通死―命はあがなえるか (岩波新書)

交通死―命はあがなえるか (岩波新書)
By 二木 雄策

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  • Amazon.co.jp ランキング: #229816 / 本
  • 発売日: 1997-08
  • 版型: 新書
  • 231 ページ

エディターレビュー

出版社/著者からの内容紹介
私たちはいつの間にか交通事故で毎年1万人以上の生命が失われるという現実を当たり前と感じるようになっている.しかし機械的な事故の処理,「生命の値段」の決めかたに異を唱えるのは非常識なのだろうか.交通事故で最愛の娘を失った著者が,事故当夜から刑事裁判,賠償交渉,民事訴訟に至る「人間としての死」を取り戻すための闘いを克明に綴る.

内容(「BOOK」データベースより)
私たちはいつの間にか毎年交通事故で一万人以上の生命が失われるという現実を当たり前と感じるようになっている。しかし機械的な事故処理、「生命の値段」の決めかたに異を唱えるのは非常識なのだろうか。交通事故で最愛の娘を失った著者が、事故当夜から刑事裁判、賠償交渉、民事訴訟に至る「人間としての死」を取り戻すための闘いを綴る。


カスタマーレビュー

全てのドライバーへ5
この本は全てのドライバーが絶対に読むべき本だと思います。あれだけ大騒ぎされた阪神淡路大震災以上の人間が、 「毎年」、「人間によって」殺されている。この事実にどうして目を向けないのか。さらに、「殺された」人間が、 そして残された遺族が今の日本ではどれだけないがしろにされていることか!

人にはその立場に立ってみないと見えないことが沢山あります。が、その立場に立ったときにはもう遅いのです。明日、貴方の大事な人がいなくなるかもしれない、そして傷ついた心に塩をすり込まれるような仕打ちが待っているかもしれない、それは仮定でなく、事実として理解すべきである。

全国の交通安全協会は、ゴミ箱直行の間抜けな教本を渡すぐらいなら、この本をドライバーに配るべき。

リアリティ5
まずは、娘さんを失うという悲劇に見舞われながら、
かくも有益な書物を著した著者に敬意を表したいです。

一般に法律書は、法律の理論家が、
法律に興味を持つ人、実務で用いる人向けに著しているといえます。
ゆえに論理の筋道はしっかりしているものの、
血が通っていない、また、生の事例である判例を取り上げていても、
どことなくクールな印象はぬぐえません。

その点、法律のアマチュアが、
自ら多大な努力と犠牲を払って取り組んだ事例を題材にした本書は、
法律家の気づかないような制度の不備、冷徹さを言い当てていると思います。

車を運転する方はもちろんですが、
特に、不法行為法、民事訴訟法を学んでいる法学部生は必読かと思います。

「交通事故死」でも、「交通死」でもなく、「自動車殺人」5
ご令嬢をなくされた著者にとって、
交通事故死でも、交通死でもなく、きっと「自動車殺人」という書名にしたかったに違いない。
現在の自動車に関連する死亡事案に対する思いが伝わってくる。

法律、経済に関する事項は、ひしひしと伝わってくる。
1997年の著作で、その4年以上前の事案であるため、15年を超えている。
現状はどうだろうか。

交通死亡事案に対する解決策が示されているだろうか。
法律、経済に関しては、少しづつ改善されているかもしれない。
技術、道路政策に関しては、それよりももっと遅いのではないだろうか。

著者が、経済学者であるため、経済から法律への広がりがあるが、
技術、道路政策への広がりがないため、読者が気がつかない可能性がある。

運転者の責任を問うのであれば、自動車に記録を義務付けることが大切である。
ドライビングレコーダという運転記録は、今では、安価に製造できるし、
カーナビがあれば、その機能を果たすことは容易だ。

タクシーなどは、昔からタコメータという運転記録があったし、
今では画像付のドライビングレコーダが普及している。

それにもかかわらず、一般車両は、タコメータに相当する運転記録が義務付けもない。

運転者の責任を追及していくと、道路設置者の責任が浮かび上がってくるかもしれない。

機械安全では、隔離の原則が重要である。
歩行者が自動車から隔離されるのは、道路設置者の義務であるはずだ。

歩行者道路と、自動車を隔離していないことが死亡の原因である可能性もある。
さらに一歩踏み込んだ議論があるとよい。

2008年の安全工学シンポジウムでは、死亡事案の遺族の方から、
運転記録の義務付けが話され、会場で否定する人は見当たらなかった。
それにもかかわらず、実現への道のりが見えてこないのはなぜだろう。

道路設置者の責任が余り問われないのはなぜだろう。
まだまだ、検討すべき事項があるのだろうか。