自由主義の再検討 (岩波新書)
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商品の詳細
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- 発売日: 1993-08
- 版型: 新書
- 220 ページ
エディターレビュー
出版社/著者からの内容紹介
資本主義の経済,議会制民主主義の政治を軸とする「自由主義」――それは社会主義体制の崩壊によって勝利したといえるのだろうか.むしろ今こそ,その自己克服・修正が求められているのではないか.近代の思想史を見直しながら,自由主義の本質と限界を明らかにし,二十一世紀にむけた新しい思想「コミュニタリアニズム」への展望を語る.
内容(「BOOK」データベースより)
資本主義の経済、議会制民主主義の政治を軸とする「自由主義」―それは社会主義体制の崩壊によって勝利したといえるのだろうか。むしろ今こそ、その自己克服・修正が求められているのではないか。近代の思想史を見直しながら、自由主義の本質と限界を明らかにし、二十一世紀にむけた新しい思想「コミュニタリアニズム」への展望を語る。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
藤原 保信
1935‐94年。専攻は政治思想史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
カスタマーレビュー
思想史を振り返りこれからを考える
自由主義を(1)資本主義(経済面)、(2)議会制民主主義(政治面)、(3)功利主義(道徳教説)
の3つの構成要素に分解し、古代から現代にいたる思想をレビューしつつ自由主義を再検討しています。
著者は自由主義の3つの構成要素がいかにして正当化されてきたのかを振り返り
それに対する社会主義の挑戦・その失敗をも総括し、ロールズ、ノージック、ドゥオーキンらリベラルズと
サンデル、マッキンタイア、テイラーらコミュニタリアンの論争までをカバーしています。
著者自身はコミュニタリアンの自由主義批判に共鳴しており
南北問題や環境破壊などアクチュアルな問題を視野に入れつつ
権利指向理論から目的指向理論への転換が必要であるとします。
著者が闘病中に書かかれた作品であり、著者の主張が展開される終章が
十分描ききれていないのが悔やまれます。
(著者は本書執筆後夭逝されました。)
それぞれの思想の要点を上手にまとめてあり、政治思想史の入門書としても
もっとも手頃で優れた本であると思います。
(藤原教授の文章は大変わかりやすいです)
政治学や法学を学ぶ人にはぜひ読んで欲しい本です。
思想史のコンパクトな整理と実践的な提言
1935年生まれの政治思想史研究者が、社会主義(著者の社会主義評価は7頁・第三章参照)体制の崩壊を踏まえた上で、なお今日のさまざまな問題の原因でもある自由主義について思想史的に再検討を加えようとして(また「公共心を失い利己主義的」になった日本社会への「危惧と憤り」に発して)、1993年に刊行した新書本。自由主義は経済的には資本主義を、政治的には議会制民主主義を基本とする社会である(6頁)が、それらは近代ヨーロッパで初めて正当化され、その背後には道徳的自由化としての功利主義があった。しかし自由主義の現実化は同時にその矛盾をも自覚せしめてゆき、特に19世紀に台頭した社会主義は自由主義に正面から挑戦し(疎外論・物象化論)、革命の必然性を説いた。その社会主義も失敗に終わり、しかも自由主義が経済格差や地球環境問題をもひき起こしている今日、1970年代の新しい自由主義哲学(ロールズ、ドゥオーキン、ノズィック)と1980年代のコミュニタリアニズム(サンデル、マッキンタイアーら)の再検討は不可避である。前者はそれぞれ立場の対立を含みつつも(ノズィックはリバータリアニズム)、共通して善(善き生)と正(配分規準)を区別し、正のみを問題として功利主義を批判し、社会契約説の伝統に回帰しようとした。他方後者は、近代的自我と社会契約説を根底から批判し、一定の社会関係の中に不可避的にうめこまれた個人から論を出発させるべきこと、善の共通性をも問題とすべきことを説く。著者は今日可能な唯一の倫理は意志疎通的論理であるというハーバーマスの発言を引きつつ、このコミュニタリアニズムに同調するところが大きいと言い、「実践そのものの場、つまり関係の網の目をおのれの属する小集団に始まって、可能な限り拡大していくことが必要である」として、経済を優先する現在の世界的な構造の組み換えを主張する。
唐突な結論
自由主義という多様な意義をもつ概念を、古代ギリシャから現代まで著名な思想家の議論を参照しつつ論じている。
小型で安価であるので自由主義(リベラリズム)について理解を深める際の導入としてはよいかもしれない。
しかし、終章で「共同体主義(コミュニタリアニズム)」という概念がリベラリズムのオルタナティヴとして唐突に登場する。コミュニタリアニズムはリベラリズムの発展的概念ではなく、リベラル・コミュニタリアン論争は現在も継続している。この点、本書は雑な議論をしている。





