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あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 (520))

あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 (520))
By ハンス・ペーター・リヒター

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  • 発売日: 2000-06
  • 版型: 単行本
  • 255 ページ

エディターレビュー

出版社/著者からの内容紹介
ヒトラー政権下のドイツ,人々は徐々に反ユダヤの嵐にまきこまれていった,子どもたちさえも…その時代に生き,そして死んでいったユダヤ少年フリードリヒの悲劇の日々を克明に描く.

内容(「MARC」データベースより)
ヒトラー政権下のドイツ。人々はしだいに反ユダヤの嵐にまきこまれてゆく…。その時代に生き、そして命をおとしたひとりのユダヤ人少年フリードリヒの悲劇の日々を、ドイツ少年の目から描く。77年刊の新版。〈ソフトカバー〉


カスタマーレビュー

無邪気な日々を奪った不条理な現実5
ナチスによって急速にユダヤ人迫害に傾斜していったドイツの日常が、
ぼく(ドイツ少年)と、幼馴染で家族ぐるみの友達のフリードリヒ
(ユダヤ少年)との交流を軸に描いています。
二人が生まれた頃~青年期までの成長の時系列で編まれた短編集で、
それは同時にドイツの社会状況の変動の時系列でもあります。

この本を知ったのは、中学国語の教科書や国語問題集で、この作品の
中の短編(「ベンチ」や「じゃがいもパンケーキ」他多数)を読んだ
ことからでした。当時はナチスやユダヤ人迫害の知識が少なかった
ものの、どの短編も妙に印象に残る興味を惹く話で、問題集を解き
ながら「あ、コレ、以前に読んだ話の続きか!」と発見して喜んだ
のを覚えています。

扱われている内容は重いものの、肩に力を込めずに淡々と描かれ
ているので、かえって共感し感情移入してしまいます。
ドイツ少年とユダヤ少年が仲良く楽しく過ごせた無邪気な日々と、
その後にやってくる過酷な現実の落差は不条理そのものです。
ユダヤ人一家と仲良くすることが許されなくなっていく主人公一家の

姿は、ユダヤ人迫害に苦悩するドイツ人もいたことを伝えます。
さすが児童文学のドイツ・・・大人も必読の作品です。

知らないうちに迫害の加害者になる恐ろしさ5
同じアパートで生まれたドイツ人とユダヤ人の子供。
共に遊び学校に通うが、徐々に強まるユダヤ人差別迫害の波。
怖いのは一般の人も制裁を恐れてユダヤ人を保護しなくなること。
ドイツ人失業者がユダヤ人を解雇したから就職できたり、
保身のために今まで付き合っていた人々を見殺しにしていくという、
一般市民が知らないうちに加害者になっていく過程がよくわかった。
激しい空襲の最中にも防空壕に入れてもらえず死んだフリードリヒ。
彼を殺したのは私たち全員なのだ。
なにか、今の日本にも通じるような内容に、新たな恐怖を感じた。
あらゆる人に読んでもらいたい本である。

加害者になってしまう普通の人5
 ヒトラーの時代。同じアパートに住み、同い年なので家族ぐるみ親しくなったユダヤ人の少年フリードリヒと家族におこる変遷が、主人公の少年を通して描かれます。そのころ少年だった著者自らの体験から綴られた物語です。
 戦争体験を綴るとき、ややもすれば感傷的になり、加害者であったとしても「仕方がなかった」「ほんとうはそうしたくなかった」などの言葉が出てきがちではないでしょうか。生き延びた自分を納得させ、保っていくために、そう言ってしまうことも必要なのだと思います。でも、このお話は淡々と、そういう言葉をださないように書かれています。それだけに、戦争が一部の人だけでなく、普通の人たちをどのように動かし、普通の人たちにどのように動かされていくのか、がはっきりと描き出されています。
 お話の中心であるユダヤ人の扱いについても、街でユダヤ人を差別する言葉が聞かれるようになると、なにかおかしいと思いながらも、皆自分たちが仲間はずれになることの怖さに差別に加担するようになっていきます。その変化が穏やかに、少しずつ進んでいく様が描かれています。特に恐ろしく感じたのは近くのユダヤ人の商店が襲撃され、破壊されるのを見ているうち、主人公の少年が自分もその中に入ってしまうところ。「全員が一緒になってやっていた。すべてが奇妙に気持ちを高ぶらせた。」この高ぶりは主人公がまだ少年であったからというわけでもないでしょう。そんな少年も、友人のユダヤ人少年のアパートの部屋が同じように壊されたときには破壊に参加できず、「泣くばかりだった」という一面を持っているのです。 
 日本でも、何かの事件があったとき、一部の差別される人を確たる証拠もなく攻撃したことがあります。現代でも、花見や祭りの興奮で喧嘩をしてしまう人はいます。すぐに殺傷事件に至ってしまう昨今の状況にも通ずる「加害者になってしまう普通の人」というものを教えてくれるお話だと思います。
 「こんなこともあった」と過去の「お話」にしてしまわず、どうしていったらよいのか、を問い続けなければならないのでしょう。このお話にはその答えは書かれていません。 

 著者は続編として、ヒトラー・ユーゲントに入った頃の「ぼくたちもそこにいた」、従軍から敗戦までの「若い兵士のとき」を著しています。日本の、同時代を描いた手記などと比較しても、戦争に向ってしまう人間の心理状況には国を超えて共通するものがあることが、この3作品を読むと見えてくるようです。
 少年向きなので文字も大きくわかりやすいですし、短時間で読み終えてしまえますが、読み取れる内容は重く複雑です。