魔法の種
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商品の詳細
- Amazon.co.jp ランキング: #640518 / 本
- 発売日: 2007-09
- 版型: 単行本
- 338 ページ
エディターレビュー
内容(「BOOK」データベースより)
インド、イギリス、アフリカと、人生の実感を得られぬまま「自分の居場所」を求めて旅を続けてきたウィリー・チャンドランは、ふたたび真の生き方を見出すべく故国インドに戻り、ゲリラ活動に身を投ずる。人生の「魔法の種」を求める精神の流浪に、はたして終着の地はあるのだろうか?ポスト植民地時代の歴史的現実を背景に、虚構とも現実ともつかない生の姿を描くノーベル賞受賞作家の最新作。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ナイポール,V.S.
1932年、インド系移民の3世として、カリブ海の島トリニダードに生まれる。1950年渡英。オックスフォード大学卒業後、創作活動を始める。小説を主に、紀行文・エッセイを含む多数の著作があり、イスラム諸国など第三世界を鋭く見つめる「現代史家」としても評価は高い。旧植民地出身の英語文学作家の旗手として、現代文学を代表する作家の一人。スミス賞、ブッカー賞をはじめとする多くの文学賞に加えて、2001年にはノーベル文学賞を受賞した
斎藤 兆史
1958年、栃木県に生まれる。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東京大学大学院総合文化研究科准教授。専門は、英文学・文体論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
カスタマーレビュー
ブラフマンの矜持だけが全面にでたアーグリーな小説!
この本(原著2004年刊)を初めて読んだとき、ナイポールはアタマがおかしくなってしまったのではないかと思った。文章は紛れもなくナイポールであるけれども、ナイポールがこんな小説を書くとはどうしても思えなかった。とってつけたような不自然な物語展開とナイポールが処理にこまった夾雑物のごった煮、といった印象だ。
主人公のウィリーは、ナイポールと同じ雰囲気・感じ方・知性をもっている。作中で語られる経歴も、ナイポールとそっくりだ。妹のサルジニの革命についてのお喋りを冷ややかに受け流していた。その主人公がインドの反地主・反政府武装勢力(ナクサライトか?)の兵士になる、という設定はあまりにばかげている。ウィリーの知性は、ナイポールと同様革命の大義には感応しにくいはずなのだ。ナイポールは、少なからず二十世紀後半の革命の幻想と現実を書いてきた作家ではないか。それがこともあろうに自らの分身をゲリラに仕立てるとは。また、彼の存在の空虚さが彼を革命の方へ誘ったという考えはありうるかもしれないが、四十歳をすぎた都会生活に馴れた男が、ゲリラ活動という過酷な肉体的試練に挑もうとするだろうか。小説の最後で主人公は「世界に理想的な姿を求めるのは間違っている」という想念にとらわれるけれども、それはウィリーの「遍歴」の結論・結果ではなく、アプリオリな世界認識でなければならない、というのが僕の言いたいことだ。
この小説の分かり難いところをいろいろ考えてみて、僕にとって説明可能な枠組みがあるとすれば、それはナイポールがR. K. ナーラーヤンの小説について述べた批判的な言辞に行き着く。つまり、ヒンドゥー的な社会秩序を前提に演じられる反抗―冒険―帰還という行動、あるいは、ブラフマンの立場を温存しつつ演じられる彷徨と言ってもいいかも知れない。拘置所の所長との「対話」は、所長と入監者との現実というよりも同じ上流階級同士の人間的尊敬の念の方がより確かなものであることを相互に確認しあっているように見える。ナイポールは、かって上流階級のそうした彷徨を、持てるものの遊戯として批判した。しかし、ナイポールはこの小説において、ヒンドゥーの秩序というよりはより強烈にブラフマンとしての遊戯を肯定している。『魔法の種』は、ブラフマンとしての矜持だけが全面にでてきている分、中期までの何重にも引き裂かれたナイポールは後退し、全面的な現状肯定とも見まごう居直りだけが眼につくアーグリーな小説だと僕は思う。




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