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同じ年に生まれて―音楽、文学が僕らをつくった (中公文庫)

同じ年に生まれて―音楽、文学が僕らをつくった (中公文庫)
By 小沢 征爾, 大江 健三郎

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  • 発売日: 2004-01
  • 版型: 文庫
  • 231 ページ

エディターレビュー

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   小澤征爾と大江健三郎。活躍する世界は異なるが、1935年の同年に生まれた彼らは、中学3年のときに現在の仕事を目指し、若手芸術家として時代の先端を走り続け、粘り強く仕事を重ね、世界的にもっとも評価される日本人として自らの人生を築き上げてきた、という点で共通している。本書は40年来の友人である彼らが、青春時代、家族、教育、民主主義、音楽と文学、共通の友人武満徹、そして未来について、縦横に語り合った対談集である。

   この対談集は次の2点で優れている。1つは、通常のインタビューや対談では見られないプライベートなエピソードや個人的な心情が、ストレートに語られているということだ。もう1点は、芸術の本質や音楽と文学の根本の原理について、わかりやすい言葉で議論されているということである。お互いに敬意を抱きあう関係だからこそ、心を開いた自由闊達(かったつ)な対話が可能になったのだろう。長年の経験と思弁に裏づけられた彼らの言葉のひとつひとつには重さがある。

   その傑出した才能によって若くして日本を代表する表現者となった2人は、世界を相手に個人として道を開く新しい日本人のモデルとなった。「若わかしく新しい人」とは大江の小澤評だが、この言葉は大江自身にも当てはまる。老年を迎えた彼らは、なおも、若く、新しい。芸術への熱い思いと21世紀を生きる若者たちに向けて夢を語る彼らの言葉は、この本を読む者を励ますだろう。(榎本正樹)

内容(「BOOK」データベースより)
1935年に生まれた世界的指揮者とノーベル賞作家。この日本を代表する二人の巨匠は、同じ時代を少年として生き、芸術をこころざし、選ばれ、そしていま喜びをもって新しい世代を送り出す側にまわっている。「今のうちにもっと語りあっておきたい―。」この思いが実現し、2000年に対談は行われた。

内容(「MARC」データベースより)
「21世紀への対話」と題して2000年9月9日付『読売新聞』に掲載された、大江健三郎、小沢征爾の対談と、新たに同年12月21日に行われた対談をもとに再編成し、大幅に加筆したもの。


カスタマーレビュー

こんな大人になりたい5
60代半ばの二人の対談を読んで、年を重ねるとは経験や知識の積み重ねによって豊かになっていくことだと感じました。また彼らの生き方のように、文学であれ音楽であれ、なにかに真剣に向う人には、そこに生きた人によって生み出された独自の哲学を感じます。グローバリゼーションというのは外国の言葉が話せることや、インターネットで繋がっているというような表面的なことではなく、世界、あるいは狭い集団の中でも、どこでも通用する「個」というものを常に意識することだということがわかりました。
このように真剣な大人がいることを知り、世の中も捨てたもんじゃないなと思います。私も真剣に生きていこうと思います。

ユーモアは人生にひそむ天使の透かし5
刺激に満ちた対話。やはり特別な個性を培って来た大人の繊細な会話は気持ちよい。
ここでも多くの人が書かれているから、その内容の深さはおまかせして、ふたりの、とくに大江さんのユーモアの楽しさもたくさん溢れていてたのしいです。
一例をひとつ。

大江: 僕の家内は、僕の友だちの伊丹十三の妹でしたが、僕が彼女と結婚したのはね、伊丹君は天才的な男ですが、実社会ではうまく生きていけないだろうと、妹は代りに僕が引き受けてやろうと、ゴーマンなことを高校生が考えたわけですね。
小澤: ああ・・・。
大江: 実際にはいろいろあって、やっと結婚してもらったんですが、結婚してから一年半くらいは僕の話は八割り方分からなかったそうです。
小澤: ・・・(笑)
大江: こちらは、なにか謎を秘めたような感じの彼女の対応を、美しいと思ってたんですが。
小澤: アッハハハ。
大江: そういう幸福な誤解ってあるもんですね(笑)。

強烈な陰陽から止揚へ5
両氏は、日本を代表する陰(大江氏・強烈な精神性)と陽(小澤氏・強烈な音楽性)であろう。その束の間の共生記録である。人生の総括を始めた両氏の貴重な意見交換である。日本人としてのアイデンティティー「個」の必要性をこれほど痛烈に感じている人は、日本ではほんとうに少ないように思われる。

二人の言葉は、日本人として世界で生きるためのヒントを内包している。言葉なんかよりももっと大切な日本人としてのたましいは、いかにあるべきかを問いかけている。それは、日本が日本以外の真似をするところからはなにも生まれない、ということだろう。
われわれが真摯に考えるべきことは、陰陽の強烈な対立の後にのみ体現される、止揚なのではないか?